第31回防府読売マラソン

2000/12/17 防府市陸上競技場発着

陸連登録

玉造マラソンから一週間が過ぎる。あのレースでこてんぱんにやられたからこそ、そして、シドニーオリンピックの高橋尚子の金メダル、オリンピックという最高の舞台で10000mの自己新を更新した高岡寿成選手。自己の限界に向かって努力する姿勢はレベルこそ違えど──。

これまでしばらく、4年前の初マラソンで3時間を切り、おまけに2位という結果にずっとうぬぼれていた。玉造マラソンはそんな自分の甘い思いを打ち砕き、目を覚まさせてくれた。今年、初めて陸連登録したのは「玉造にでも出てみようか」という軽い気持ちだったのだけれど、玉造を終えて、突然、防府読売に出てみたいと思うようになった。

調べてみると、今、防府読売に出場するためにはは3時間を切るタイムがあればいいらしい。4年前の岡の里名水マラソンや篠山の記録でもよいのだろうか? 過去2年内の公認タイムが条件とある。でも、陸連公認レースというのは玉造も含めて全国で数レースしかない。公認タイムと言うのは、公認レースでの記録のことなのか? それとも「公認走路」での記録では駄目なのだろうか? 陸連登録していないときの記録では駄目なのだろうか? 門外漢であるから全く分からない。

一度出たくなったものは、もう抑えられない。今年駄目でも来年出たいと思う。でも、一年は長い。今年出られないものか・・・。FAXで問い合わせていた結果が戻ってきていた。公認走路である篠山の結果があれば出場できるという。飛び上がって喜んだ!!! 俄然やる気が出てきた。残り2ヶ月、できる限りの練習を積んで臨もうと決意した。

大会に向けて~ケガ続発~

玉造のレースが過酷だったせいか、足の痛みが続発する。左足首の腱の炎症、そしてまた10月に入ってから右足首外側下の骨の痛みが引かない。10月は月刊誌『ランナーズ』でいうところの走り込み月間であるのに、一向に治る様子がない。案外、重症なのではないかと不安になってくる。いずれにしても、常日頃の身体のケアがこれまで以上に求められる年齢なのだろう。特に右足が弱い。

郷里という利点を生かして、11月と12月に2度試走。一度目は、裸坊祭の日だったから、夕方、既に裸坊や観客で賑わっている市街地を抜ける時、ちょっと恥ずかしかった。試走はかなり疲れた。ぐったりした。本当に完走できるのかと余計に不安になった。

生まれ育った町

途中から降り続いた雨の中を、2:40:47という、思いもよらぬ自己記録の大幅な更新でゴールすることができた。

19分/5kmのほぼイーブンペースで最後まで走りきれるとは意外だった。最初は少し入り過ぎかと思ったが、25kmから同ペースの2人と3人で35kmまで競ったのが好結果につながった。その2人が力強いフォームだったから「いつ振り落とされるだろうか」と思っていたけれど、ここまでくれば苦しいのは皆同じ。「どうせなら」という気持ちを切らさずにいたことがよかった。

防府は生まれ育った町。今の防府読売のコースは変則的な形で、市街地を通るようにして、南部をぐるりと囲んでいる。 このコースの中に、僕の通った幼稚園、小学校、中学校、高校と18年間を過ごした学び舎の全てがある。実家は、このマラソンコースのちょうど中心に位置している。このコースの中で遊び、学び、成長してきた。

38KM地点
38KM地点

翌朝の防府駅では既に読売新聞が売り切れている。「ああ、やっぱり、みんな同じなんだな」と思って可笑しくなった。

20世紀最後のレースを、自分の生まれ育った地の憧れのレースを走り抜けることができた。僕にとっての「世紀末」の大きなイベントだった。万感の思いがする。


 5k:   18:59     
10k:   37:59(19:00)
15k:   57:06(19:06)
20k: 1:16:19(19:13)
25k: 1:35:18(18:58)
30k: 1:54:13(18:54)
35k: 2:12:59(18:45)
40k: 2:32:23(19:24)
FIN: 2:40:48( 8:25)



 

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