第33回全国ろうあ者体育大会

2002/09/18、19 福岡市博多の森陸上競技場

出発前、続く法人会議

3年ぶりにろうあ者体育大会に出場する。

今年は調子もよく、体調を整えて臨みたかったがしかし、一週間前のブロック交流会が終わってなおも続く出張や会議の数々。交流会翌日の月曜日は山口支部例会、火曜日は徳山で研修会実委。さらに突然入ったのが、木曜日、聴覚障害者情報提供施設の建設に取り組んでいる社会福祉法人の緊急理事・評議員会議。「緊急」といいながら、9月に入ってもう4回目。金曜早朝に出発するから、それまでに疲れもとって、木曜夜は早めに寝て・・・、という計画も吹っ飛んでしまった。

もちろん、交流会は楽しかったし、法人会議ではさんざん紛糾したけれど、ようやく新規に開所する施設職員も決定した。その安堵感と、いよいよセンターがオープンだという期待感が一気に高まった。この会議でも県ろう連の人から、応援の言葉をいただいた。「大会でメダルを獲って(オープンする)センターに飾ろう。後進の励みになるように」と冗談半分で言われて大笑い。それいいネ! とすぐにその気になる単細胞な自分。ますます頑張らねばという気持ちになってしまった。

開会式、放生会

勝手知ったる福岡の地へは、翌金曜早朝から車を飛ばして会場入り。

開会式及び監督・主将会議はマリンメッセ福岡。その監督・主将会議だけでも各県から集まってきたろう者達の多さに驚く。各地から格安航空券で来れる福岡という場所が良いせいか? 今大会は過去最多の出場選手らしい。3年前に会ったきりの顔が、でもはっきりと覚えている強者ばかりで、胸の鼓動も一気に高鳴る。会議でプログラムが配布されるや、陸上の頁にすぐに目を通す。1万と5千m、またアイツと一緒か! 厳しい戦いになりそうだ、と気も引き締まる。

開会式後は5年前の福岡ユニバでも使われた、博多の森陸上競技場の下見に出かける。あまりの蒸し暑さの中のレースとなり、途中、意識朦朧となった女子マラソンの選手がコースを逆走したのはここじゃなかったろうか。競技場はデカい! ちびりそうだ。おまけに雨対策はどうしようかと考えていたのとは裏腹に、晴れ男の本領発揮か、強烈な日射し。結果的に土・日の2日とも最高気温は32度ということだったから、きっと照りつける競技場の中は35度以上あったはずだ。

1日目の予定を全て終えてやっと、ホテルでゆっくり眠れそう。時間があるのでしばらく近くを歩いてみる。昔、過ごした懐かしい町並み。ちょうどまた、博多3大祭りの1つ、筥崎宮の放生会(ほうじょうや)の開催期間だったので、それもブラリと眺める。まだ夏の暑さを残しながらも、確かな秋の訪れを告げるこの祭りに身を置くと、「そういえば、あの時・・・」と淡い恋の思い出のワンシーンもよみがえってきて、走る前から胸が息苦しくなっている自分だった。

9月18日 競技1日目

さて、当日。初日の1万mはラスト1000mで抜かれて結局2位。目標に遠く届かない平凡なタイムは暑さのせいか、と言い訳してしまう。1位は昨年の5千mで優勝したという。最初からわかっていればマークしたのに・・・、とは後の祭り。兵庫県からやってきたその彼は、フルネームでも名前が一字違いの、まだニキビの残るあどけない顔をした19歳。さらに面白いことに、生まれが山口県でしかも防府の出身という。「やっぱり、名前と出身がいいのだねえ」とサラブレッドも血筋と産地で決まるものだと納得させようとしたが、でも一回りも年下の若造に負けて、やっぱり悔しい。

気負っていたせいか、どっと疲れが出てしまった。競技を午後に終え、天神まで遊びに出かけてみたが何もする気になれない。

9月19日 競技2日目

一人2種目出場できるので、翌日は5千m。トラック競技なら短・中・長距離とあって、中距離選手は800mと1500m、あるいは1500mと5千mを選ぶ。長距離選手なら5千mと1万m。つまり、5千mは1500mと1万mの出場選手がぶつかりあう激戦種目。両種目の1、2位が出るからこのうち誰かがメダルからあぶれるな、と早くも計算が働いてしまう。

1日目の反省を踏まえ、後方からの追い上げに徹することとした。

「果たして、初日の1500m、1万mの各上位選手が先頭集団を形づくる予想通りのレース展開です・・・」と心の中で勝手に実況中継してしまう。三十路を過ぎれば1日目の筋肉疲労の回復も遅れるかと心配していたけれど、日頃の行いがよいせいか? 朝からなぜか体調はよい。やがて、トップと僕との2人と、後方の3位との差があいてくる。そのトップは、昨日の1500mをラスト10mで見事なまでにあざやかに逆転を決めた福島の坂井さんだ。まさに、これぞ1500mの走り方だという手本のようなものだった。

ろうあ者体育大会(福岡)5000mラストのデッドヒート
5000mラストのデッドヒート
(写真:三枝様御提供)

それだけに、最後の直線勝負は避けたい。そう思って残り700mで意を決して先頭に躍り出た。・・・が、簡単には独走させてくれず、ラスト1周で再び前に出られてしまう。

でも、もう同じ色のメダルはいらない。「ここは俺に譲ってくれよ」と心の中で叫びながら、最終コーナーを回ったところで横に並ぶ。180cmを越すスリムで長身の彼の姿は腕と肩しか視野に入らない。足なんかきっと30cmは違うだろう。でも、こちらも昔からバネだけは人並みはずれてあって、最後の直線、伸びる伸びる!

デッドヒート
5000m

この時ばかりは100m選手にも負けなかったんじゃないかな。ホームストレッチはこれもまた、競馬のようなシーン。執念で駆け抜ける。きっとものすごい形相をしながら、0秒03のハナ差でかわすことができた。

最高の気分

疲れの残る2日目よりも1日目に自分の得意な1万mがあること、距離の長い方が得意だと思っていたのに初日に負けてしまったことが相当こたえていただけに、初日よりも乱戦となった5千mで競り勝てたことは本当に嬉しい。 タイム云々よりも最後の直線で2度とできるかわからないほどの、デッドヒートを競い勝てた、まさに快心の、きっと生涯忘れられないレースになったろう。 競技を終えて、午後、一人プレリュードを運転して山口に帰るときの、最高の気分といったらなかった。映画『ショーシャンクの空に』のラストのような、爽快な青空の下を、何度も空に向かって叫びながら、帰った。

翌日、翌々日までも余韻が消えない。仕事の最中もレース展開を再現してみる。そう、たった一日前の出来事。博多の森陸上競技場に照りつけた9月の強い日差しの中で噴き出る汗。何度でも何度でも思い返したいほどだ。

一方で、時間がたつにつれ、初日の1万mの悔いがふくらんでゆく。どう考えても、不本意なタイム。2日目であれほどがんばれたのに、どうして初日は普段の力さえ出せなかったのだろう、と。きっとそれもトラック競技の面白さだな、とレースの駆け引きというか、醍醐味を充分に堪能することができた。たまにはトラックもいいものだ、と実感する。



 

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