上海の伯爵夫人

映画ならではの濃厚な時間、空間

上海の伯爵夫人

映画を観ることのめっきり減った一年ながら、最後に一本、いい映画を観ておきたいと選んだもの。オープニングから期待に違わず、良質の映画であることが分かる。

テレビの分かりやすさ、自ら考えることを要しない薄さに馴れてしまうと、映画ならではの一コマ一コマに神経の行き届いた、濃厚な空間軸が新鮮で、久しぶりの興奮を覚える。逆に、この映画のように変に「分かりにくい」、スローなミステリアスさが強調されたものをテレビで放映しようものなら、すぐにチャンネルを変えられてしまうだろう。ご多分に漏れず、最近のお笑いブームにつかってしまうと、僕もすっかり耐性をなくしてしまっている。

カズオ・イシグロの世界

今、一番、惹かれているカズオ・イシグロの脚本ということで、絶対に観ておきたかった作品。

ブッカー賞受賞作の『わたしたちが孤児だったころ』(2000年)が直接の原作ではないものの、動乱期の上海を舞台にした点、真田広之演じる日本人の“マツダ”が登場する点、よりダイレクトにはラストシーン近くの中国人運転手の言動など、『わたしたちが──』の多くの部分が映画に採用されている。局所的には忠実に再現されている。

逆に『わたしたちが──』にしろ、カズオ・イシグロにしろを知らないと、少し要領を得ないものに映ってしまうかもしれない。そのくらい、カズオ・イシグロの世界は濃厚で心をとらえる。

小説同様に、映画もミステリアスな雰囲気に包まれている。最後までそれはずっと続く。観る者の心を落ち着かせず、中途半端な不安な状態へ連れ出し、見知らぬ世界へ連れてゆく。映画を観ていて、その雰囲気に違和感のないのが、さすがだと思えた。ただ、ラストは、映画ならではの約束か、癒される、救いのあるものに仕上げられている。

美しい映像の力

最近は映画より小説、映像より文字の持つ力を信じたいと思っているところだが、やはり、映画(映像)には映画ならではの美しさ、力のあることを再認識させられた。「百聞は一見に如かず」というように、小説を読んで頭の中に空想を描くだけでは限界のあるシーンについて、明確なイメージをもらえた。

ストーリーの奥に潜む深いバックグラウンドや、1936年当時の中国、上海の事情の一筋縄でゆかない複雑さは抜きにしても、映像だけでも美しい。『眺めのいい部屋』、『日の名残』、『いつか晴れた日に』、『パイレーツ・オブ・カリビアン 呪われた海賊たち』を手がけた舞台衣裳や、美術や撮影者や・・・等の力量がうなずける。

今、高校の世界史未履修問題が話題になっているが、国際連盟、国民党、共産党、蒋介石、毛沢東、抗日運動、満州国建国、租界、蘇州・・・等、国際政治や時代考証等、受験のためというより、良質の娯楽を味わうためにも、世界史を学ぶ機会を逃してしまうのはもったいないと思う。

原作より先に映像を見ると、刺激が強すぎて想像力を阻害してしまうことが多いけれど、この作品に限っては、もう一度『わたしたちが──』を読んでみようと思うときでも、これからのカズオ・イシグロの作品を読むときにも大きな一助になりそうである。


上海の伯爵夫人


満足度:★★★★
2005年イギリス、アメリカ、ドイツ、中国合同作品
2006/12/23 KBCシネマにて鑑賞


 

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