上海の伯爵夫人

カズオ・イシグロの世界

上海の伯爵夫人

映画ならではの一コマ一コマに神経の行き届いた、濃厚な空間軸が新鮮で、久しぶりの興奮を覚える。今、一番、惹かれているカズオ・イシグロの脚本ということで、絶対に観ておきたかった作品。

ブッカー賞受賞作の『わたしたちが孤児だったころ』(2000年)が直接の原作ではないものの、動乱期の上海を舞台にした点、真田広之演じる日本人の“マツダ”が登場する点、よりダイレクトにはラストシーン近くの中国人運転手の言動など、『わたしたちが──』の多くの部分が映画に採用されている。局所的には忠実に再現されている。

逆に『わたしたちが──』にしろ、カズオ・イシグロにしろを知らないと、少し要領を得ないものに映ってしまうかもしれない。そのくらい、カズオ・イシグロの世界は濃厚で心をとらえる。

小説同様に、映画もミステリアスな雰囲気に包まれている。最後までそれはずっと続く。観る者の心を落ち着かせず、中途半端な不安な状態へ連れ出し、見知らぬ世界へ連れてゆく。映画を観ていて、その雰囲気に違和感のないのが、さすがだと思えた。ただ、ラストは、映画ならではの約束か、癒される、救いのあるものに仕上げられている。

今、高校の世界史未履修問題が話題になっているが、国際連盟、国民党、共産党、蒋介石、毛沢東、抗日運動、満州国建国、租界、蘇州・・・等、国際政治や時代考証等、受験のためというより、例えばこんな良質の娯楽を味わうためにも、世界史を学ぶ機会を逃してしまうのはもったいないように思える。

原作より先に映像を見ると、刺激が強すぎて想像力を阻害してしまうことが多いけれど、この作品に限っては、もう一度『わたしたちが──』を読んでみようと思うときでも、これからのカズオ・イシグロの作品を読むときにも大きな一助になりそう。


上海の伯爵夫人


満足度:★★★★
2005年イギリス、アメリカ、ドイツ、中国合同作品
2006/12/23 KBCシネマにて鑑賞


 

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