ネバーランド

評判作だが

ネバーランド

アカデミー賞7部門にノミネートされた評判作。評価の高い作品を素直に受け止められないのは、「感受性を疑う」なんて批判もされそうで言いにくいが、僕には今ひとつに感じられた。ポスターやチラシ等、各種宣伝に使われるシーンはベンチに座るバリがピーターを抱き寄せているラストシーン。ロンドンの有名な緑美しいケンジントン公園である。この映画が、情感豊かな、人間愛を描いた感動のドラマであることをストレートに表現しているのだが、深い緑に覆われた映像の美しさほどストーリーに深みはないように感じられた。

映画は、ピーター・パン誕生のきっかけを追ったストーリー。1904年、ピーター・パンが初めて公演されてから100年の節目に作られた。涙が止まらない感動の作品、と評判は非常にいい。確かに悪い映画ではないと思うけれど、でも、絶賛するほどのものかな、というのが正直な感想である。「信じる者には見える」というフレーズが表れる映画の早い部分で、同じように想像力広がる世界を描いた『ビッグフィッシュ』を喚起させた。その分、僕には最後まで『ビッグフィッシュ』の方がずっと面白いな、と感じたままで終わってしまった。今ひとつこの映画に入り込めなかったのは、ピーター・パンと対照的に、僕が子供心を失くしてしまったせいだろうか。想像力がひからびてきているのだろうか。

妻を持つ男のプラトニックラブ

この作品が志向する純粋なテーマとは大きく逸れて、僕は、男と女のよこしまな関係に関心がいってしまった。バリとシルヴィア(ピーターの母)の関係である。

芝居作家ジェームズ・バリとピーターが出会ったのは、ケンジントン公園のベンチ。バリの座るベンチの下からひょっこり姿を現すピーター。ピーターは、父親の死後、4人兄弟の中で一人、心を閉ざしたままであった。次第にバリは、デイヴィズ一家と懇親になってゆく。ピーターを救おうとする純粋な動機によるものである。出会った瞬間、当意即妙の劇を演じる、2人が相手に自分と相通じるものを瞬時に感じ取ったからでもある。けれども、美しい未亡人シルヴィアに急接近するバリを「世間はそう見ていない」。「妻帯者の男と一夏を別荘で過ごすなんて娘の再婚話がなくなってしまう」。それが至極まっとうな考え方である。

妻と過ごす時間よりも未亡人と過ごす時間が大半の妻帯者。芝居作家という芸術に身を置く者ならば、不倫も横恋慕も珍しいことではない。そうした特殊な世界にあっては、むしろ創作活動の源泉になりうるものだと社会は了解している。バリは妻メアリーと結婚したとき「大冒険に発てると思った」が、夢や空想に価値観をおくバリと違って、社交界へのつあがりに関心があるメアリーは現実を求める。そんな妻に失望しているがゆえに、バリはネバーランドを信じるシルヴィアや子供達の世界に接近する。

妻よりも未亡人の方に惹かれる――と、素直にそう開き直ってくれれば分かりやすいのに、あくまで「友人としての援助」なのだという。ピーターから、ピーター・パンはバリ自身だと指摘されるように、誰よりも純粋な心を失っていないバリにとっては、本当に友情の発露に過ぎないとも肯定できる一方で、対抗するように、妻が別の男と親密になる展開も用意されている。ならば「若く」て「美しい」、「未亡人」という設定は何なのか。一体、この映画に登場する男女の関係は何を伝えようとしているのか。すっきりしない。それとも、ピーター・パン誕生の純な気持ちを追うとき、あえて世間の下俗な考えを超越するところに映画の目的があったのか。未亡人と本妻と、それぞれの関係をどう解決するのだろうか。あくまでピーターを癒そうとするところにこの映画の主題があるのは分かっているが、男女の関係に気が入ってしまうのは、野暮な思いで、下衆の勘繰りでしかないのだろうか。

ちなみに、4人の子供を抱える未亡人役、シルヴィアを演ずるケイト・ウィンスレットの役回りが見事。日本でいえば大竹しのぶのように、といえるだろうか、演技の幅を広げていっている。ジョニー・デップも『シザーハンズ』や最高に愉快な傑作『パイレーツ・オブ・カリビアン』から一転、今度のシリアスな役もうまくこなしていてかっこいい。ダスティン・ホフマンもいて、役者は揃っている。


満足度:★★★
2004年アメリカ・イギリス
2005/02/26 AMCキャナルシティ13にて鑑賞


 

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