カズオ・イシグロの実像 1

なぜ「記憶」にこだわるのか

たくさんアクセスされながら、2週間、見る時間のとれなかった「ETV特集 カズオ・イシグロをさがして」。ようやくGWに録画していた前半を見る。90分もの見応え充分な特番なので、残りはこれもGW後半の今週末くらいに時間がとれれば。

番組は「記憶」と「郷愁」をテーマに切り込んでゆく。「記憶」というモチーフの重要なことは小説を読む誰もがすぐに気付くことであり、イシグロにも直接に問うて語らせるのだが、いくつかヒントでありイシグロの考えはうかがえるものの単純明快な解はない。やはりそれはイシグロ自身が言うように、表に自らが出て語るのでなく、あくまでイシグロの書く「物語に読者が関わって」感じること。

印象に残ったことばかりなのだが、その中でも、いくつか挙げると──

私は幼少期の記憶やノスタルジアをかきたてる記憶に興味があります

特にノスタルジアはとても興味深い感情です

ノスタルジアは懐かしい日々を想う単純な意味にはとどまりません

(私たちは)その深い感情に充分な敬意を払ってこなかったと思います

イシグロの小説が「記憶」を重要な要素としているといっても、それは甘く美しい「記憶」ではない。「郷愁(ノスタルジア)」もそこにほろ苦さや気まずさや、がある。イシグロがいうように、子どもの頃は美しい場所だと大人に教えられていた人生が決してそうではないことに気付いてゆく、嘘に気付き失望を味わいつつ。

まさしく人は甘美なだけの思い出──福岡伸一にいわせると「ペットのように飼い慣らされた」「操作された」思い出──よりも、そこに一点、黒いシミが落ちたような、見たくはないけれども、陰りを隠せない、けれども実はそれこそが「人生」である、思い出の方が強く心に残るのではないか。

イシグロの物語はそれを細緻に精密に描く。

映画脚本を担当した作家アレックス・ガーランド(処女作500万部、イシグロを敬愛しイシグロを模倣した)にいわせると

それはまるでカーペットのようでした

近付けば近付くほどこんな模様だったのかと分かる

模様の陰には縫い糸が組み合わさっており

縫い糸の陰にさらなる縫い糸が見えてくる

その作業が無限に続くように感じられる

よく人は「後ろ(過去)を振り返るな」「前(将来、未来)を見よ」というけれど、そうした薄っぺらい自己啓発群とは対極にあるような、過去への、嘘や失望や挫折をも濾過させない記憶への敬意がイシグロの作品の基底にある。

私は追い詰められた人間に対しある種の敬意を持つようになった

全てを失ったとき いかに自分を鼓舞するか

いかに尊厳を保つのか その方法を学んだ

満足度:★★★★
2011年日本
2011/04/17 NHK-教育放映(前半


 

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