インファナル・アフェア III 終極無間

3部作完結編でハマる

インファナル・アフェア III
終極無間

上映されたのは宇部シネマスクエア7館内の一番座席数の少ないスクリーン。加えて、上映初日の土曜だったにもかかわらず、観客はわずかに6名。僕らは是が非でも観たいと、県内唯一の上映(*)劇場である宇部シネマスクエアをわざわざ、初めて訪れたのだが、この映画への世間の反応はこんなものなのか。

* 追記4月30日:MOVIX周南でも上映

映画通のファンくらいしか観ないような感じ、なのではなく、配給会社の系列の問題もあろうけれど、一般に知られていないのだろう。もったいない。僕の場合は、偶然、山口市の情報芸術センターで「I」を観たのがきっかけである。それまで、やはり、この映画のことを全く知らずにいた。「I」のストーリーが難解で分からなかったから、「II」を観てやろうと思った。益々、訳が分からなくなって、意地になって今回、「III」を観た次第だが、まんまとはめられた。そして、実際、ハマった。


無茶苦茶な時間軸

「I」、「II」で難解さに頭を痛めた、この映画の意図がまるで分からなかったのだが、今回の「III」は5つ星☆☆☆☆☆。といって、今回の「III」でそれまでの謎が一気に解き明かされたという訳ではない。むしろ、最後まで、この映画は難しい、分からない。どこまでも混乱させるつくりである。それでいて評価できるのは、「この映画は、訳の分からない面白さが面白いんだ」ということが分かったからである。

どういう風に分からないかというと――。

まず、この映画は乱暴に言うとスパイ合戦なのであるが、マフィアと警察がそれぞれ、相手側にスパイを送り込む、その正体が分からない。最後まで、「こいつはどっちの側なのか?」という秘密に覆われている。もっとも、正体があっけなく分かっては失格なので、全編、観ていてゾクゾクさせられるミステリアスな緊迫感は充分に成功している。

それから、登場人物の多様さ、複雑さ。前回も書いたが、ラウ、ハウ、サム、ヤン、ウォン、リョン、チョン、キョン、・・・と単独では絶対に覚えられない。スクリーンに映し出されている瞬間は名前を意識しないから問題ないのだが、第3者として会話に登場するとき、「ラム?」「誰だっけ?」と、いちいち悩まないといけない。

極めつけは、「I」~「III」の全編を通して、時間軸が滅茶苦茶なこと。滅茶苦茶というと、それを意図して作っている製作者に失礼なのだが、とにかく、物語の流れが単純でない。前作の「II」が、香港の中国返還前まで遡る内容だったのだが、今回の「III」もまた、「I」で死んだはずのヤン(トニー・レオン)が再び登場していて、これが「I」で描かれた前の状況なのだということが分かる。釈然としないまま、「I」以前の時間軸に頻繁に戻る。

後から後から、実はこうだった・・・、ということが示される。今回また、既に充分、複雑な登場人物に、ヨン、シェンという重要人物が新たに加わるのだが、時間軸でみたとき、これらが後から登場するならともかく、時計は巻き戻しておきながら、人物だけを新しく滑り込ませるのだからたまらない。ドラえもんの世界さながら、歴史を過去に遡って人間を置いてくるような、ひどいルール違反である。

つまり、今、画面に流れている映像が一体、いつの時点のものなのか? そして、誰がそこにからんでいて、どっちがスパイでどっちが本物なのか? ということがごっちゃに入り組んでいる。画面には「2002年*月」、「1週間後・・・」、「5か月後・・・」といった具合に説明が入るのだが、それを瞬時に飲み込める、この物語の複雑な前後関係が分かる人は奇跡である。

ここまでされるとお手上げというか、製作者、監督の企てに天晴れと感服するしかない。少々、分からなくても気にすることない、と開き直れる。「訳の分からない面白さ」が理解できた、というのは、困惑の世界に身を投げ出す快感を覚えたからである。

謎だらけ、するめ味で5つ星

今回、僕は根負けして、滅多なことでは買わないパンフレットをついに購入した。

全編を観終えた後で、パンフに書かれている人物関係を読むと、ようやく、「なるほど・・・」と理解できる。ちなみに、このパンフには3人の評論家等が寄稿しているのだが、3人が3人とも、ラウ、ヤンといった役名でなく、全てアンディ・ラウ、トニー・レオンといった俳優名で書いている。「役名では書いている間に混乱してしまうから」と正直に告白してくれていて、評論家でもそうなのだから、と安心できる。

それから、僕は、この映画のシリーズを本気で分かろうと思ったら、登場人物ごとに年表でもつくらないと到底、理解できないと思っていたのだが、実際、パンフにも「本作に出てくる事件の時系列」が記されている。ただ、これは1本の年表なのが、まだ、ちょっと不親切。僕なら、例えば、日本の鎌倉時代、源頼朝が治世していた頃、中国では・・・、朝鮮半島では・・・、ヨーロッパでは・・・、トルコでは・・・といった具合に、上下(左右)に並列して同時期に誰が何をしていたのか突き止めたいと思う。そのくらいしないと、この映画は分からない。それだけする価値はある。

逆に謎解きとしては非常によくできている。至る所に謎がちりばめられている。それが謎だということさえ気付けないくらいに。

  • なぜ、オーディオ店であの曲を試聴できたのか?
  • なぜ、そのときヤンはギプスをしていたのか?
  • なぜ、ヤンはサムの右腕になれたのか?
  • なぜ、キョンは「マッサージの女は美人だったのか?」と尋ねたのか?
  • なぜ、ウォン警視はヤンに腕時計を贈ったのか?
  • なぜ、リー医師の催眠療法はヤンに効かなかったのか?
  • なぜ、ラウはサムの眉間を撃ったのか?
  • なぜ、ヤンに代わって警察学校の首席になった警官が登場しないのか?

パンフに冒頭、記されているが、???????? である。答えも分からないが、これを読むまで、これらが疑問たりうることさえ気付けない。

でも、考える材料には事欠かない。こうして問いを与えられると、それなりの解釈ができないわけでもない。観終わってから「もしかするとあのシーンはあそこにつながっているのではないか」等の謎がそれなりに分かってゆく。気付けてゆく。それが面白い。たとえ見当はずれであるにせよ、芸術は――小説にせよ絵画にせよ音楽にせよ――、そもそも、製作者の意図、投げかけに対する解答が一つというわけでないのだ。自分なりに解釈できればいい。

これらの問いを事前に意識してから「I」~「III」までの全編を観るとまた、全然違ったものが見えてこよう。問題意識を持って臨む・・・というと、何だかどこかのビジネス書みたいで、それでなくても週末くらいは日常の憂さを晴らしたくて映画を観ている僕の望むところでないが、この映画に限っては、そうすることが求められているように思う。実際、僕は、「I」、「II」で難解さを苦評しつつ、今ではDVDで3本揃えたくなるほどのファンになった。

3作を観てなお理解できていないはずなのに、何だか、スッキリした気持ちである。単に終わった、という安堵感からくるものなのかもしれないが・・・。チョコレートのように瞬時にとろける甘さはないが、するめのように、かめばかむほど味が出てくる面白さがある。

男達の色気あふれる香港フィルム

それにしても、主演のアンディ・ラウとトニー・レオンのかっこよさ! 香港ノワール、なんでこんなにシビレるほどにかっこいいんだ! アンディ・ラウとトニー・レオンの色気あふれる迫真の演技は、それぞれ、『HERO』や『LOVERS』より、ずっと見応えあると思うのに、それだけに、県内でたった1カ所の上映劇場の少なさがもったいない。その上、脇を固めるのがまた名優のオンパレード。

さらに今回は、マフィアと警官の血生臭い世界に、ケリー・チャン演ずるリー医師の存在がいい。「I」で何気なく登場していた彼女が、今回は主役の2人にも匹敵する味を出している。ヤンが唯一、安眠できたのが彼女の前だったというように、一瞬たりとも気を抜けない時間を生きてゆく中で、ふっと、心を和ませてくれる、心を緩ませて解放させてくれる。オアシスの存在である。

最近、出た『香港映画の街角』(野崎歓著/青土社)という本によると、

「ビルの屋上にとりつかれた映画、それが現代の香港映画」

なのだという。まさしく、高層ビルのひしめく香港ならではのこととうなずける。このシリーズでも何度か屋上のシーンが、また、エレベーターの昇降シーンが繰り返される。完結編の本編「III」の冒頭でエレベーターが降りてゆくのは、タイトルが示すとおり。エレベーターが不気味な仏の顔の浮かぶ闇の中をいつまでも下ってゆく。このシーンが結末のナレーションを既に暗示していたように、果てしなく落ちてゆき、墜ちていった。先の論説に従うならば、この映画は、屋上を目指そうとして、ついに果たせなかった、墜ちてゆくしかなかった男達を描いた・・・ということになるのだろうか。

なお、本作は「I」で早々にハリウッドがリメイク権を買い取った。これに関し、パンフによれば、トニー・レオンが「ラウ役をブラピに、自身のヤン役をジョニー・デップに演じてほしい」と述べたらしい。実現していたら、ため息の漏れそうな組み合わせだが、実際には『アビエイター』のコンビに同じマーティン・スコセッシ監督のもとで、ディカプリオが演じることになったようだ。ただ、香港を舞台にしたアジアの男達ならではのこの映画が、ハリウッド版に生まれ変わるのは少し、想像しにくい。せっかくの名作に傷がつくことにならないだろうか。失望することにならなければよいが。


満足度:★★★★★
2004年香港
2005/04/16 宇部シネマスクエア7にて鑑賞


 

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