いま、会いにゆきます

なぜ今、純愛?

いま、会いにゆきます

「冬ソナ」、「セカチュウ」、そして「いまあい」。なぜ今、純愛がブーム? 確か僕が20歳前後、16~17年前も純愛ブーム、と騒がれていたように思う。当時、村上春樹の『ノルウェイの森』がベストセラーになり、あと、ユーミンのアルバムもそれがテーマだったような。いつだって恋や愛は原点に戻りたがる、ということか。

これもまた、『世界の中心で──』に共通する点が多い。愛する女性が死んで、残された僕。過去にさかのぼるシーンは村上春樹を源流とするパターン。以前、新聞の文芸論評で、最近、人気の文学は村上春樹的世界を脱しきれないと批判されているのを読んだけれど、まあ、僕は仕方ない、悪くないと思っている。いずれも40歳代の作者は、きっと強い影響を受けたろう。海外での支持も高く、最近では嫌日感情の高いとされる中国でも大ブームとなっているくらいだというし、それくらい村上春樹という作家は巨きな存在なのだ。

フラッシュバック

「世界の」「冬の」「いま、会いに」。人によって順位は分かれるだろう。あるいは、全部遠慮したい人もいるだろう。僕も「冬ソナ」だけはちょっと遠慮しているのだが、支持されているだけに悪くないのはよく分かる。この「いま、会いにゆきます」も原作は読んでいないが、映画はいい。女性には文句なく支持されるだろう。監督や、書店員によれば男性にも是非、観てほしい、読んでほしいということだが、圧倒的に女性が好むタイプだ。

1年前に死んだ妻が、雨の季節に父子の前に再び現れるという、不思議な話である。あり得ない話ではある。でも、人は、子どもの頃には信じていた愛とかロマンとかファンタジーとかを忘れてゆく、つまらない大人になってしまう。それを気付かせてくれる。野口先生がいう──「澪は紫陽花のような人。雨と共に訪れ、雨と共に去る」。僕も、一方で「風」のよく吹くこの映画を観ていて、宮沢賢治の『風の又三郎』を想起した。

それから、この映画の醍醐味は、過去のシーンがフラッシュバックされるところ。妻に先立たれて、ちょっと情けないダメな夫(男)の過去が、澪の再現でひとつひとつ、解き明かされてゆく。それは単なる男の回想とは別に、澪の日記から明らかにされる「実は・・・」という熱烈なドラマがさらに隠されている。どんな平凡な男(女)にも、その愛の形にはドラマがあるのだということを、この映画は示してくれる。人生は巻き戻せないけれど、映画ではかなえてくれる。映画だからこそできる、映像の、物語のリバース手法が美しい。

なぜ今、陸上?

『世界の中心で、──』では彼女が、『いま、会いに──』では彼が、それぞれ、高校時代、陸上部であるという点も共通している。それから、日韓親善事業としての陸上競技大会で2人が出会う『チルソクの夏』もまさにそうである。どれも恋の原点が高校時代にあって、主人公たちの打ち込む部活動が陸上競技である。

それにしても、どうして陸上なんだろう? 『世界の──』の舞台が1987年、『チルソク』が1977年。この『いま、──』は原作を読んでいないから知らないけれど、映画のシーンに黒電話がしょっちゅう登場することや、原作者の実体験がベースになっているらしいことから、やはり1970年代後半といったところなのだろう。

当時、高校の陸上部って、そんなにメジャーな存在だったかな? 今、僕は自分がよく走るようになったから分かるけれど、今は驚くくらいに「陸上」が小さな子どもにまで浸透している。スポーツ少年団というのが各地にあって、小学生が土日に陸上競技場を借り切って本格的な練習をしている。大会に出場している。平日でさえも日々、数キロ、全力で走っている。走る(だけ)なんて、苦しくてイヤなことだと思うのが普通で、どうしてそんなに熱心なのか信じられない。もっと無邪気な遊びに夢中になる年頃じゃないか。小学生、中学生が一生懸命走っているのを見ると、感心するというより「身体壊さないか? 将来、大丈夫か?」と心配したくなる。

僕たちの頃はまだ、男は『巨人の星』の野球部、女は『アタック・ナンバー1』のバレー部が一番人気だった(小6の時に『エースをねらえ!』が流行ると、中学で女子は突然、テニス部入部に流れたのが単純なところである)。中学、高校、大学と、僕は陸上部が当時、どんな練習(活動)していたのかさえ、ほとんど記憶にない。グランドはたいてい、野球部かサッカー部が占拠するから、陸上部は端っこで何かやっていたような・・・くらいしか。練習よりも男女が仲良くおしゃべりしている方が長くて、呑気なもんだな(羨ましいもんだな)、と思っていた。それが今の中学、高校陸上部は、実によく練習している。感心するくらいに。

純愛と陸上

今はともかく、当時を考えると、これらの映画で陸上が素材になっているところにはちょっと疑問が残る。自然なところではやはり、野球かバレーといったところだ。けれども、これも今、僕は分かるようになったけれど、素材になる美しさ、というものを陸上競技は有している。「セカチュウ」「チルソク」「いまあい」、これらの映画にふさわしいのは、野球やバレーではなく、陸上でないといけないのだ。

今回の『いま、会いに──』も、2人が再会し、恋が始まろうとするのが陸上競技場である。また、最後、この映画の白眉といえる回想シーンも、主人公が陸上競技場のスタンドに座ってである。それが非常に絵になる。余計な飾りがなくて、シンプルで、美しい。まさに原点である。そこが「陸上」と「純愛」に通じているがゆえである。

今、ジョギング愛好者は多い。各地のレース大会、マラソンは無数にある。1万人規模の大会も珍しくない。参加する年齢層も40代~50代の中高年齢層にゆくほど多くなる。でも、誤解を恐れずにいえば、「ジョギング(ランニング)」と「陸上」とは似て非なるものだと思う。「陸上」というとやはり、トラックやフィールドといった陸上競技場がメインステージである。もちろん、年をとっても「陸上」を続けている人は多いが、陸上競技場はどちらかというと、若者の特権のような気がする。青春時代の若さこそがふさわしい。

そういえば、「恋」も「陸上」も、胸が裂けそうに苦しくなってしまうものである・・・。僕も映画を観ていると、巻き戻せない人生を承知しつつ、「もし高校時代に陸上部だったら、こんな映画のようなことがあったかなぁ・・・」なんぞと勝手に憧れてしまうのである。


満足度:★★★★
2004年日本
2004/11/13 ぱるるプラザ山口にて鑑賞


 

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