ゴッドファーザー Part1

芸術の秋、映画の秋

ゴッドファーザー Part1

先週は出場するレースの選択に迷ったが、今度は映画鑑賞のスケジュールに苦労する。週末3日間のみ上映の『ゴッドファーザー』と、土日限定が字幕フィルムの『いま、会いにゆきます』。さらに、本当に一番観たかったのは、福岡で上映されていた山田洋次監督の『隠し剣 鬼の爪』(字幕版)。後者2つは、聴者ならロードショー期間中にいつでも観れようが、ろう者にとって、日本語字幕フィルムの邦画上映を観ることができるのは、場所も時間も非常に限定的なこと(『隠し剣・・・』は山口県内での字幕上映はなし)。娯楽のはずの映画も、のんびりしていると簡単に機会を逸してしまう。結局、金曜夜、土曜と続けての鑑賞を強行した。

山口情報芸術センターが毎週末、開催しているのが「コミュニティシネマ山口 」。基本的にはミニシアター系作品や日本映画特集、ドキュメンタリーといった、どちらかというとマイナーな映画を上映してくれるのだが、今回は『ゴッドファーザー』。マイナーどころではない超名作、大作が「どうして?」と思ったら、昨年の『ローマの休日』がそうだったように、こちらも「デジタル・リマスター版」で、全国で今、“最後”のロードショー中なんだそう。

ゴッドファーザー デジタル・リマスター版 公式サイト


家族の物語

この名作、3部作ともにTVでもビデオでもこれまで見たことなく、今回が初めての鑑賞。決してビデオを持っていなかったわけでなく(26歳でようやく買えたのは確かに遅かったが)、たぶんTVでも何度か放映されたのだろうけれど、未だに13インチの、パソコンのディスプレイより小さい僕のTVではVTRやTV放映の映画はそもそも、見ようという気にあまりなれない。それだけに今回、コミュニティシネマ山口のおかげで巡り会えたのは幸運だった。やはり、TV画面で「見る」のと、スクリーンで「観る」のとでは、感動が全然、違う。

考えてみれば1972年の作品。当時5歳の僕が観れようはずはないが、30年以上前の作品が、今も全く古さを感じさせない。その後のマフィア映画、ギャング映画の源流となったことがよく分かる。

僕はこの手の、人がやたらと無意味に死ぬ、殺し殺される映画は苦手である。戦争映画もそうだが、映画の中だからできることではあっても、簡単に人間がバンバン死んでゆくのは、どれほど名作との評価があっても、よくは思えない。観ていて気持ちのいいものではない。この『ゴッドファーザー』も映画史に残る名作とされるが、僕は単純には支持しきれない。

ただ、『ゴッドファーザー』がその後の、また今のマフィア映画にとどまらないのは、男達の闇の仕事を描きながら、実は家族愛、家族の絆をこそ浮かび上がらせているところといえるか。流血の抗争が当然のストーリーの中にあって、冒頭の結婚式や孫と戯れるシーンはとても明るく、幸せに満ちている。唯一、気質だったアル・パチーノ扮する3男マイケルが、コルレオーネ家の運命、宿命を受け入れてゆく過程を追ったのがこの第1作のメインテーマだろうが、最初はボタンダウンシャツのボンボンお坊っちゃまで、クリスマスのニューヨークを恋人のケイ(ダイアン・キートン)と歩くシーンは恋愛映画のスタンダードのようなシーンである。そんなシーンがあるから救われる。

結婚式、シシリー島、ラスベガス・・・の映像は息を呑むほどに美しい。コルレオーネ一家の男達がただの不良ヤクザでない、真っ直ぐな芯をもつ美学を有しているように、映像にも美学が貫かれている。

あと、この映画は民族音楽をも取り入れたサントラが非常に素晴らしいらしい。「そうだろうなあ」というのは容易に想像がつく。映像が静かで淡々としていて、「ああ、ここはきっとバックで音楽が流れているから哀感が際だつのだろうな」と。


満足度:★★★★
1972年アメリカ
2004/11/12 山口情報芸術センターにて鑑賞


<関係ないけど>
 映画を観終えて、帰ろうとするとき知人に出会った。7、8年前の仕事の関係での知り合い。特に親しいわけでも、話をすることもなかった(そもそもできなかった)けれど、挨拶は明るく自然に出てきた。お互いが、「あ、久しぶりだね」という感じで。それでふと考えてみると、僕はこの4月からの職場では、職場外の人と全く付き合いがない。付き合い以前の、人と接する、顔を合わせるということがそもそもない。何しろ、庁舎から一歩も外に出ていない。聴覚障害者はそうなりがちだと覚悟はしていても、これ迄の職場でも、こんなことはなかったことだ。誰か人と会わない仕事、というのもまずいもんだね、とつくづく思った。


 

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