長州ファイブ

国際映画祭グランプリ作品

県ろうあ連盟総会後の有料鑑賞会にてようやく見ることができた(日本語字幕は字幕サークルEラインの尽力による)。

つい先月、ヒューストン国際映画祭でグランプリを受賞した作品。映像がきれいですがすがしい作品。ロンドンが舞台で、ダークトーンで映し出される彼の地の古い石畳の欧州的街並みそのものが絵になり、また、草原や海や、といった自然の情景が美しいことが大きい。日本の映画、ではあるけれど、メインの舞台は英国で、5人を受け入れたことが好意的に描かれている。

幕末、維新、明治・・・それぞれの長州

長州(山口県)の輩出した偉人で、松陰や晋作や・・・とはまた別の系譜。今、毎日新聞の日曜版に連載されている「斜陽に立つ」が描く乃木希典の周囲もそうで、長州といっても、それぞれの時代で必ずしも皆が同じ方向を向いていたわけではない。長州の中でも幕府(また、その後の政府)につくもの、反旗を翻すもの、と反目や確執があったようで、郷土のことながら不知の多いことを今さらながらに勉強させられている。

映画の中で、産業や技術のみでなく、人間の心、文化や文明が大事・・・というようなシーンがあったが、その考え方では、特に俊輔(伊藤博文)、聞多(井上馨)らとシンクロする、独立自尊を唱えた福澤諭吉が思い起こされた。

僕も郷土意識は別にして福澤諭吉の方に関心が強い。今また『福澤諭吉の哲学』(丸山眞男著、岩波文庫)を時々、手にしている(GWに読んだ一編をここにも収録しようと思いつつ、娯楽小説のようには軽々と論じられずに機会を逸している)。

「舞姫」の想起させられたこと

映画を観ていると色んなことが想起されて面白く、英国といえば、彼らの後、趣旨は全く違ってくるが官費留学で渡った漱石やら、また、後半、松田龍平演じる山尾庸三が聾唖の女性エミリと出会い、親しくなるストーリーでは、同じように(国は違うけれど)「舞姫」で描かれた鴎外とエリスのことを思い出した。

山尾とエミリは映画の中では映画的必然的にロマンチックに描かれているのだが、鴎外とも共通するのは、国を代表する無骨な軍人(鴎外)や藩士が、異国の地でエミリやエリスといった、社会的には極めて低い最下層といっていいような女性に惹かれること。

それは、やはり、祖国では上層部で幹部で強い位置にいる彼らとて、異国の地では我が身のマイノリティ(少数派)と弱さを強く意識させられるがゆえに、弱者である彼女らと気持ちが通じたのではなかろうか。帰国した鴎外が、彼を追ってきたエリスを排したように、日本にいてはロマンスも生まれなかっただろうし。

鴎外と違って、山尾の場合は「国のため」という志を貫徹し、また、女を棄てたというスキャンダルになったわけでもなく、この時の経験を基に盲唖学校の設立を建白した功績が紹介されている。逆に言うと、それゆえに文学(芸術)に昇華させられたのが鴎外のケースといえるだろうか。

英語、手話、言語

かなり映画の本旨とは逸れてしまったが、映画そのものは爽やかないい作品であった。終盤、エミリの登場で聾者の存在や手話が強く出てくるところがこの映画のストーリーの中では異色なのだが、監督の意図も充分、分かる。一緒に見ていた聾のみんなはどう思ったのだろう?

英国に向かう航海中に彼らが英語を学んだように、その努力があれば手話くらい覚えるのは訳ないことなのだが、みんなが手話を覚える、という時代になるのはまだ遠い。昨年末、国連の障害者権利条約で手話が言語であると正式に認められた、と総会の最初でも紹介されていたが、社会の少数派に関心の向きにくい現実も実感する。

満足度:★★★★
2006年日本
2007/05/27 山口県聴覚障害者情報センターにて鑑賞


asahi.com:森鴎外と「エリス」―ドイツ・ベルリン - トラベル「愛の旅人」



 

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