わたしたちが孤児だったころ

カズオ・イシグロ/入江真佐子訳(2001年刊 早川書房)

2006/06/12読了、2006/12/24メモ

英国最高峰作家の至高の作品

2001年刊早川書房

5年前の刊行から、ずっと気になっていた作品。最新作『わたしを離さないで』の評判もすこぶる良く、そのためにも、まずはこちらを読んでおかねばとようやく手にしたのが半年前。大阪に向かう新幹線車中で読み始めると、あっという間に心をとらえられた。

著者は日本生まれながら、幼児期に渡英し、英国籍を取得。英国で活躍している世界的な作家。村上春樹が世界的に認められ、多くの国で読まれているのと同様に、日本人(日本出身)としても誇りに思える作家だ。村上春樹の文体がよく、翻訳調であるといわれるように、著者の作品もそうたとえられる。新作の発表時、『小説新潮』だったか、のロング・インタビューでも、お互いに会ったときのことや、意識している間柄でもあるようなことが述べられていた。

著者の作品を日本で読む楽しみは、きっとハルキ・ムラカミの作品が海外の国々で、翻訳されるのを待ち遠しく思われているのと同様だろう。ただ、もちろん、英語が原語である、原語で読める人口が多い点について、どこまでもカズオ・イシグロの方に分がある。

読後もずっと本棚に収録できずにいたが、映画『上海の伯爵夫人』を観て、今回、ようやく重い腰を上げてみようという気になった。

アイデンティティを探して

物語はヘビーである。濃厚である。最近の村上春樹に物足りなさを感じるようになっていただけに、ガツンと来る。ズシンと響く。

大作だけに安易に評することが出来ずにいたが、その気になったのは、著者が脚本を務めた映画『上海の伯爵夫人』が、本作のイメージを忠実になぞられているようで、感じるところが大きかったからである。

小説を読んだだけでは心の中にくすぶっていた難解さが、分かりやすい映画をフィルターにすることで、縄のほどかれるような爽快さを感じることができた。

小説も映画もミステリアスである。早川書房の版によるのはミステリー作品的なところもあるからなのかもしれないが、推理小説風でいて、時代や民族性といった大きな主題を内包している。

過去への郷愁が描かれている。今が幸せで、甘美な想い出に耽る、というのではなく、苦難に遭っている今、過去の栄光や栄華を断ち切れずにいる。挫折した人間が描かれている。不幸を甘受せざるを得ない状況にある人間の物語。

映画では、タイトルにあるとおり、かつては高貴な伯爵一家でありながら、今は一家を養うために夜の歓楽街に出向かわねばならない夫人。「国際連盟の最後の希望の星」と一時は称されながらも、視力を失い、別の方向に「世界をかたち作ろう」としている元外交官。過去から抜け出せず、今を受容できない。自分が何に拠って立つべきかが不安定で苦悩している。過去の呪縛に苦しんでいる。

描かれている人物は皆、なにがしか大切なものを失っている。僕の場合は聴力を失ったことで、映画には非常に直接的に感じるところも大きかったが、そういえば、村上春樹も「喪失感」が多くの作品のテーマでもある。単にコンプレックスというにとどまらず、人が生きてゆく限り、自らも周囲も同じ状況ではあり続けられない。不変はありえない。過去を背負いながら、そこからいかに未来をながめるか。

その心のひだの掬い取り方、描き方が見事で心に染み込んでくる。

満足度:★★★★

おそらくそんな心配などせずに、人生を送っていくことのできる人々もいるのだろう。しかし、わたしたちのような者にとっては、消えてしまった両親の影を何年も追いかけている孤児のように世界に立ち向かうのが運命なのだ。最後まで使命を遂行しようとしながら、最善をつくすより他ないのだ。そうするまで、わたしたちには心の平安は許されないのだから。



 

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