妻の超然

絲山秋子(2010年刊新潮社)

2011/01/21読了、2011/01/21メモ

少々がっかり

妻の超然
妻の超然

角田光代の「ひそやかな花園」と同時に図書館に予約して、同じ所蔵数で順番待ちも同じくらいの人数だったのに2ヶ月遅れでやっと巡って来た。

「ひそやかな──」が読み始めたら止められない面白さゆえすこぶる回転のいい貸出率だろうと書いたのと対照的に、こちらはぱっとせず。なかなか回ってこない訳が読んで充分、納得できた。読みさして途中で閉じると次に読む気が起きない。明日が返却期限という鞭でやっと読み終えた。

僕自身は角田より絲山ファンなのだが、時期同じくして刊行された今回の作品は完全に角田に軍配。ともに同い年作家として勝手に「二人のライバル対決」を愉しませてもらおうと思っている身には期待外れだった。

文学論

内容は三編。表題作の「妻の超然」に「下戸の超然」、「作家の超然」と、それぞれ立場を弱く(危うく)する者の愚痴から始まって言い分、開き直りといったところのストーリー。

インパクト弱く、読み切らずに返そうかとさえ思ったが、最後の「作家の超然」のみは著者自身を投影しているだろうところを有していて、よりストレートな著者の思いが分かって唯一、面白かった。

ただ、最後は熱い文学論、のようなものになって解読が難しい。きっと著者も確信犯でそうしているのだろう。そういう類の作品だから娯楽性は薄い。

角田が直木賞作家として読者を愉しませるツボを心得ている、徹底的にエンターテインメント性を提供してくれるのに対し、芥川賞作家としての絲山はどこかにブンガクセイを考えざるを得ない、そんな縛りがあるせいか。

新聞は社会に警笛を鳴らすどころか、いつまでたっても上がる気にならないぬるま湯を提供している。学者や作家はそれに加担する。

満足度:★★★


 

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