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時をへてもみんな嘘つき
めずらしく締めたネクタイ
前回、取り上げた「砂のように眠る」に収録された短編小説。評論と小説とを交互に配している構成の、「「二十歳の原点」の疼痛」に続くものなので自然にその流れを受けている、踏まえたストーリーとなっていることから今回、興味を持って読んでみた。
小説としては悪くもなく、さりとて特筆すべき点もなく──といったところ。今、カズオ・イシグロを3作、続けて読んだこともあり評価基準が高くなり過ぎているせいもある。もちろん著者も月刊誌の連載コーナーにさらりと書いただけのことであろうけれど。
二十歳の頃の「わたし」と20年後の今の移り変わりを、学生時代、男関係の多かった、「わたし」もその一人である、二歳年上の劇研の先輩女性との再会という設定で描いている。時は無論、1969年。弘兼憲史の「黄昏流星群」に似ているというか、そのものといっていいくらいのストーリー。弘兼と関川も二つ違いのいわゆる団塊の世代だから、伝わってくる情感が非常によく似ている。
当時、二十歳と二歳上の男女の二十年後、というと僕の今(42歳)もちょうどその時に当たるわけだが、二十年経ってどうだったか、ということは「わたし」が女に答えたように、まだわからない、収支を足し引きするのはまた二十年後に、というところがある。そんな余裕はないし状況でもない、というか。
「わたしから逃げ出して救われた?」
「どうだか。まだわからないね。また二十年たったら収支を足し引きしてみるよ。老後の楽しみにそうするよ。」
「あの頃、おもしろかった?」
「質問ばかりだなあ」
「自分が他人の人生にどれぐらい影響を与えられたか。そういうことをすごく知りたいわけよ、わたしとしては」
きみだって誰かに影響を受けたし、あの騒々しいだけで無内容な時代そのものにずいぶん影響を受けたんじゃないか、とは口にしなかった。そのかわりにわたしはいった。
満足度:★★★
2009-06-23


