逃亡くそたわけ

絲山秋子(2007年刊 講談社文庫)

2008/12/29 読了、2008/12/30メモ

地方愛、郷土愛

2007年刊講談社文庫

若い男女の精神病院脱走ストーリー。主人公は生まれ育った福岡をこよなく愛する21歳の女子大生(福大生)。彼女に巻き込まれて同伴することになった男の方は故郷の名古屋を唾棄し、ひたすら東京人たらんとする24歳NTTの子会社社員、通称「なごやん」。

2人が車で福岡~大分~熊本~宮崎~鹿児島と九州を縦横断する珍道中、博多弁(時に佐賀弁、鹿児島弁)と名古屋弁を包み隠した標準語のやりとりが、テンポ良い掛け合い漫才のようにおかしく、そして彼らが精神を病んでいるがゆえに時に人生の本質を突いていて楽しく読ませてくれる。

主人公の「あたし」は、自身も躁を煩い自殺未遂までおかした病歴と、最初の赴任地が福岡であった職歴とを持つ著者そのものの姿が投影されている。他の絲山作品もそうだが、東京生まれだからこそ著者は地方に故郷を求める気持ちが強い。恐るべき反射神経で行く先々の土地の言葉をマスターし、なじんでゆく。福岡在住の作家が青ざめるくらいに博多弁の駆使も福岡の人間の気質の描き方も見事だ。このくらいの土地同化力がないと作家にはなれないだろう。

年末、ちょうど福岡に帰っていた時に(そうと知らずに)買って読んだので僕もとても面白く読めた。福岡の街の描写、福岡の人間の運転気質、渇水への神経質ぶり、さらにはジョイフル、浜勝、いきなり団子、主人公に「世界一」といわせる阿蘇を持つ九州人としての誇り、気質をうまく掬いとっている。

アンチ東京

普段、東京を中心に語られるばかりのこの国の、東京至上主義に対する地方の意地というか反感というか、あるいは、なごやんが象徴するように慶応を出て東京人を志向する田舎者の浅薄さ、馬鹿らしさを笑う郷土愛というかの視点が爽快である。でも著者の地方愛は、ある意味ではなごやん同様に、東京人にして東京の衣を脱ぎ捨てたい表れかもしれない。

物語は躁であり鬱である二人の、故郷への意識を通して病の回復に向かわせる物語でもあるのだが、なごやんが東京志向の愚に気付いていくのと同様に、最初、「あたし」がなごやんを笑いぐさに引っぱたいていたようなのが、次第になごやんがリードしてゆく、語り手の「あたし」が素直にしおらしくなってゆく、そのあたりの気持ちの引き出し方が面白かった。

絲山作品の多くは作者の(執筆当時の)同年代女性が主人公で、多くはやはり同学年のふがいない男をこてんぱんにこき下ろす、それが痛快でもあるのだが、本作は女子大生+3歳年上の男、という、世間的にはノーマルな、でも著者には新しい設定でちょっと異色な一面を見せてくれている。ちょっと生ったるいような、でもそれもありかな。

意外な小道具

クルマに関するエッセイもある著者は半端でないクルマ好き。このあたりもそこらの男では太刀打ちできない手強さなのだが、本作には「広島のメルセデス」と語らせてマツダ・ルーチェが二人の九州縦断に欠かせない道具として登場。

僕も昔、友人の持っていたのを運転したことがあるけど、昭和62年車を小説に登場させるところが何ともシブい。

あたしはプラダのバッグが欲しかった。こんなつらい旅をしたことなんてこれまで一度もなかったから記念が欲しい。これから先、誰と旅行してもこの旅が思いだせるようなバッグが欲しい。でもすぐに、そんなのは嘘の気持ちだと気がついた。あたしはなごやんを失うのがさびしくて、それで代わりにプレゼントが欲しいと思い付いただけなのだった。

満足度:★★★★


僕もその昔、山口から鹿児島まで車で移動したことがある。大分は経由しなかったけれど、鹿児島へが初めてなら、帰りに立ち寄ってみた宮崎もそう。今では福岡に行くのがせいぜいなのに若かった20代だからできたこと。



 

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