黄昏 / 不滅

イー・ユン・リー/篠森ゆりこ訳(2007年刊新潮クレスト・ブックス)

2010/08/01読了、2010/08/19メモ

珠玉の短編集

最近よく触れている「千年の祈り」。映画に深く感動して原作も即、買って読んでみた。映画の内容もタイトルが表すとおりに深遠なものだったので、当然、原作は読み応えある長編だろうと思っていたのだが、十編からなる短編集というのが意外だった。

しかし、読んでみると幾多の賞を独占したという傑作の誉れ高いこと、短編集でありながら各作の長編に匹敵する深みを持っていることがすぐに分かる。刊行当時に知らずにいた ──のも映画同様、中国の、というのに関心を持たなかったから── の自分を恥じる。

普通、短編集というのは表題作とせいぜい二、三作が面白い程度のことが多いが、本書の十編は一作目からうならされる出来映えの、むしろ長編以上に濃度は高く、まさに玉の連続、珠玉集とはこのためにあるといえるような作品。デビュー作というから、著者のいずれも精魂込めた創りぶりがよく伝わってくる。

単行本には出版当時の9周年記念ベスト・セレクションの紹介もあって「小池昌代×鴻巣友希子×堀江敏幸」3氏の座談会抜粋が挟まれている。内容的にはクレストシリーズの紹介に終始している感じだが、その中でも堀江氏が本書中の「不滅」を絶賛していて、まさに二十数ページの短編であるけれど、中国四千年の歴史につながる内容で長い長い物語を読んだような感覚がある、凝縮された歴史小説という感じがする、と述べている。

目線の優しさ

ジュンパ・ラヒリとの比較を繰り返すのは、あまりいい方法ではないが、それくらい僕には「停電の夜に」の薄っぺらな空虚さ──それがいいんだろうが──と比べて千年分くらいの味わいをかみしめることができる。

映画や「停電の──」再読評でも触れてきたが、作者の弱者に対する視線のやさしさがいい。弱者、というと抵抗があるかもしれないが、各編に登場するのは皆、社会の底辺でつましく暮らす庶民であり、障害を持つ子を抱える家族であり、同性愛者であり、許嫁の身を反古にされて嫁き遅れた独身女であり・・・といった何かしら傷を抱えた者である。

美貌と才知を備えたケンブリッジかハーバードか、のなんとなくクリスタルなすれ違い、というのとはまるで違う。

もちろん何かしら傷を抱えた者を描くといっても、三流小説やTVの特集や障害者のベストセラー本のように克服物語ではない。あくまでその弱みであり傷であり、を淡々と描く、けれども深く近く寄り添ってその心のひだを丁寧に描き抜くところがいいのだ。

創作の中で昇華させる救い

今回のエントリタイトルはたまたま、の二作を取り上げたのみ。タイトルもなかなか乙に訳されていて、「黄昏」の原題は After Life、「不滅」は Immortality(不朽、永遠)。

十編いずれもいいのだけれど、例えば「黄昏」は60代半ばの男2人が親しくなる、それだけでも面白いのだが、お互いの家族に事情のある膨らみがさらに読ませる。重度の障害を持つ娘をひたすら隠して三十年近くなる夫婦の、人一倍の喜びと悲しみを経験してきた人生をあたたかい目で見守る。

世の中には珍しくないケースの、けれども小説にはあまり見られないパターンを、あくまで小説の中で、創作の中で昇華させるところに救われる。

蘇夫人はベッドのそばにひざまずき、まだふっくらとやわらかい貝貝の手をにぎる。夫が近づいてきて、彼女の髪をなでる。もう白く薄くなった髪を。彼のやさしい、ひかえめな触れ方は、二人が祖父の庭でいっしょにあそんでいた子供の頃、人生がはじまろうとしていたあの頃と変わらない。そこには火の色をしたつりがね型の石榴が咲いていて、そのまわりを蜜蜂がせわしげに、幸せそうにとびかっていた。


「黄昏」

堀江氏が絶賛した「不滅」は宦官がテーマ。このおぞましさに類を見ない制度の、それゆえに非常なインパクトを持って読ませる、中国四千年の歴史の中に物語を軽やかに創り上げる、女性でいて冷静に描ききってしまう作者には脱帽せざるを得ない。

あるいは女性だからこそ書けるのだろうか──。これは一例であるけれど、このおどろおどろしいような内容をクールに書ききってしまうところ、また、次々と見事な物語を創り出せる才能が角田光代を思わせる。

わたしたち誰もがそうであるように、彼の物語もまた、誕生のはるか以前に始まった。わたしたちの町は、いくつもの王朝を越えて長きにわたり、皇帝一族にもっとも信頼の置ける側近たちを差し出した。宦官と呼ばれる彼らのことを、縁の深いわたしたちは「ご先祖さま」と呼ぶ。わたしたちの中にご先祖さまの血を直接引く者はいないが、血の河の流れをさかのぼれば、そこに誰かの叔父や兄弟やいとこだったご先祖さまがいる。わたしたちの家名を歴史から消さぬよう、彼らは男であることをやめたのだった。


「不滅」

満足度:★★★★★


 

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 comment
  1. vogel より:

    本当にすばらしい短編集ですよね!
    ああ、もっと早くこれを読んでいたら、もっと早くイーユン・リーを手にとったのに!って、いまさらながら、羊さんの感想を読みました(私が絶不調でネットもテレビもみられず本がまったく読めずにいた頃に、羊さんはこのレビューを書かれていたのですね)
    羊さんからの宿題(?)を書くにあたってカンニングしちゃいけないと思って、羊さんの感想を読むのを我慢していました。
    ラヒリの「停電の夜に」への違和感ともども、むち打ちになりそうなほどウンウンとうなずきながら読みました。
    著者が美人だという以外、何も残らない、というより腹立たしさだけが残った「停電の夜に」。
    どうしてあんなに話題になったのか、謎です。
    本を捨てられない私がサッサと捨てた珍しい本でした。 

  2. より:

    vogelさま、コメントありがとうございます!
    自分自身、そんな読書量はありませんが(^^;)
    この作品は思い出しても、これを上回るものがすぐにはいえないような、読後感しんみりないい本でした。
    基本的に再読好き派なので、またもう少しおいて読み返したいなと思います。

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