未来が見えない閉塞感

中島京子(2010年日本経済新聞)

2010/11/14読了、2010/11/15メモ

現実と小説の相似

The Unconsoled

日経新聞書評欄に「半歩遅れの読書術」として、新刊でなくあえて旧刊の面白さや筆者に思い入れある読書体験を語る面白い連載がある。評者は数週単位で変わる、昨日の紙面は、今年の直木賞を受賞した中島京子氏がカズオ・イシグロの『充たされざる者』を取り上げていた。

実は今、読んでいる角田光代の新作も読み始めてすぐにイシグロのことを想起させられていた。今年はイシグロワールドには触れていないけれど、こうして色んなところに影響のあるようなことが分かって嬉しくなった。

成功作と失敗作

前回のメモで書いたように、靄の立ちこめる中、焦点の合わない対象をはっきりさせられぬ苛立ちの募る内容。中島氏も

読んでいるこちらもなんとなくイライラしてきて、でもそのイライラの正体を知りたくて読み進めてしまう。

たとえていうなら、ミステリーなら暗い洞窟の中でも一筋の光を頼りに出口(解決)に向かっているという大きな期待感があるが、この作品は全くの霞の中を、途中にはもう出口など無いことに気付かされてなお文庫本950頁の容量をさまよい続けなければいけない、ひたすらな無力感と徒労感に襲われる、といったところ。

でもそれだけにいつまでも「引っかかる」。中島氏が今、そうであるらしいように、特に同業者には受ける示唆に強いものがあるのだろう。

あれから13年ほど経過した今、その閉塞感が、怖いほどよくわかる

このあたりもイシグロの先見性であり、類い希な才覚ゆえなのだろう。そういえば、柴田元幸氏が本作を評して「壮大な失敗作」(「壮大な成功作」が・・・)と前回、紹介していた部分が僕にも、また別な意味で途端に腑に落ちた。

中島氏と角田氏と──角田氏が実際に影響を受けたかどうかは定かでない、僕が勝手に思っているだけなのだけれど──でもきっと物語をつくりあげる直木賞作家なら当然にこの世界的作家は読んでいるはず。

イシグロの成功作は「半歩進んでいた」物語だった(ゆえに成功)。この失敗作はあまりに速すぎた(がゆえに失敗)。直木賞作家らは、その見事な手腕でそれらを「現代」の物語として再生産してゆく。

長引く不況、後手に回る対策、古い価値観への揺り戻し、募る不信感。グローバル時代なるものの到来に右往左往して対応できずにいる世界中の充たされなさが、この奇妙な小説世界に渦巻いている。

半歩遅れの読書術
原作は辞書並みの厚さ

 

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