停電の夜に / セクシー

ジュンパ・ラヒリ/小川高義訳(2003年刊新潮文庫)

2010/05/30読了、2010/05/30メモ

5年ぶり再読

停電の夜に (新潮文庫)
停電の夜に/セクシー

代表作「その名にちなんで」を読んだ後に購入した著者のデビュー短編集だが、5年前当時は表題作の1編目から面白いとは感じられず、9編中の4編目で読むのを断念。

先日、書棚整理した際にこれも処分行きになりかけたが、メーン読書の気分転換用にと手元に残してみた。5編目の「セクシー」がなかなか面白くて、再び1編目の「停電の夜に」を再読すると今度はしんみり心にと沁みた。

前回は落ち着かないバスの車内だったことを覚えている、その環境も悪かったせいだろうか。あるいは5年という時の経過のせいか。いずれにしても本は読むタイミングで変わってくる。

美に執着し過ぎ?

「その名にちなんで」のメモでも触れたのだけれど、カバー裏に載っている著者の顔写真──ほとんどアイドルのブロマイドかポートレート的な目線──がとても美しい女性で、著者の境遇に同じくインド出身でアメリカ在住、という設定の作中の女性主人公に重ねてしまう。今回も無意識に重ねていたのだが、どうもこの著者近影に対する疑心が強くなってきた。

「セクシー」でも「停電の夜に」でも、あるいは「その名にちなんで」でもそうなのだが、作中の主人公の頭脳明晰に加えて美貌までも、の才色兼備ぶりが誇張されすぎなのだ。「セクシー」のタイトルがそのものであるとおり、小説としての設定というのは分かるのだが、どうも行き過ぎているようでその自信ぶりとでいうべきが鼻につく。

もちろん、美しい女性は嫌いでないが、同じパターンがこうも続くと辟易させられる。女性にとっての美貌というものが作者の判断基準において非常な位置を占めているのもインド人女性としてアメリカ社会で生きてゆく、認められるための手段として人一倍のこだわりがあったゆえだろうか。

それはあるにせよ、「セクシー」は若い女性が一つの壁をくぐる過程を、女性の心理ばかりでなく少年のそれもからめているところがよくできている。

素肌の下へしみこむような言葉だった。デヴの言葉もそうだったが、今は火照るというよりは冷たく麻痺しそうだ。

満足度:★★★


 

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