新選組血風録

司馬遼太郎(2003年刊 角川文庫)

2004.1.28読了 1.29メモ

大河ドラマとのギャップには苦しむが

角川文庫

9連休となった長い正月休み、書店の特設コーナーにあった中から、今年の大河ドラマ「新選組!」放映開始前に予備知識を仕入れるべく、ちょっと読んでおこうかと購入したものである。

当のNHK大河ドラマ「新選組!」は初回視聴率が高い数値を示して出足が好調だという。ただ、初回の2回分を見た限りでは、大河ドラマにしては随分とお気楽な、軽薄なだけのコメディードラマだなというのが正直な感想である。脚本家の三谷幸喜氏は「近藤勇役は香取慎悟しか考えられなかった」というけれど、僕にはどうしても結び付かない。近藤、土方、それに初回に登場した江口洋介演ずる坂本竜馬役まで、皆、つるんとした顔立ちの清潔で立派な好青年で、本来、それとは対極の性質であったはずの不良性、ヤクザまがいのやさぐれ男、汗や泥臭さというものが全く感じられない。近藤の養父となる天然理心流宗家の周介に田中邦衛があてられていることや、近藤の拳骨(げんこつ)が口に入るエピソードがドラマの“売り”で何度も繰り返されることなど、お笑い路線で世間の人気を得ようとしているようである。大体、近藤があれほど礼儀正しい好青年だとは想像できない。

けれども、それが三谷氏の目指しているものらしい。朝日新聞に『ありふれた生活』と題した氏のエッセイが、毎週、連載されている(数年続いている人気のコーナーである)。放映開始後1月のそれによれば、今回のドラマを一番見てほしいのが小学生なのだという。三谷氏が子どもの頃、大河ドラマの始まる時間になると必ず、家族が揃ってTVの前に集まり、正座して見たように、子どもからお年寄りまでが一緒に楽しめる番組としてつくっているのだ、と。

大河ドラマは世間の期待が大きい分、評価もかしましい。高視聴率の一方で、批判的、否定的な声も多い。その後、氏は再び『ありふれた生活』で釈明している。「『新選組!』へのバッシングは承知のもの」「大河ドラマはあくまでもドラマであってドキュメンタリーではない」「史実のとおりではなく、創作なのだから」と。大河ドラマ脚本家が全国紙で毎週、意見表明できる機会の用意されているという意味では、非常に好都合な連載でもあるが、氏のこの開き直りはちょっと苦しい。失望させられる。まだ始まったばかりの段階で「あれは創作だから」と簡単に言われると、ならば題材は新選組でなくてもよかったのでは、と思えてくる。人物設定やエピソードは忠実になぞられている。当然、視聴者は創作だと思って見てはいない。TVの前の(正座はしてなくても)小学生はどこまで信じていいのか分からなくなる。

こうしてユーモアセンスたっぷりで喜劇の制作に秀でている三谷氏の手にかかると、新選組も随分、毒抜きされてしまう。けれど、それもやむを得ないのかもしれない。新選組は本来、人を斬る集団である。それでなくとも昨今、人が簡単に切りつけられる、通り魔にあう時代である。新選組をそのまま描いてしまえば、小学生の低年齢児童が簡単に刃物で傷つけ合う、犯罪を助長することにもなりかねない。小学生に見てもらうのに、殺人と不良性を前面に押し出すわけにはゆかない。その意味で、確かに日曜夜8時に家族が団欒しながら見ることができるようにアレンジされているといえる。

今回の大河ドラマは新選組ファンには全く物足りない、言語道断といってもいいくらいにうつるだろうが、昔、ドリフターズの「8時だよ! 全員集合」がそうであったように、子どもの楽しみとしては充分だ。同じく日曜夜7時の人気番組「さんまのスーパーからくりTV」に続けて週末のゴールデンタイムに夕食を囲んで家族の集まる賑やかな時間にはなってくれる。TVの方は脚色されたドラマと割り切って見る。「コメディー版・新選組!」くらいに思って楽しむのがいい。かくいう僕も、「新選組!」を見たいがために、壊れたままになっていた文字放送チューナー(*)を買い換え、ついでにDVDレコーダーも奮発した。普段、TVはほとんど見ないけれど、今、唯一、楽しみにしているのが日曜のこの2つの番組である。

*字幕放送対応番組(テレビ番組表の番組名頭に「字」の記号付き)で、字幕を表示させる。聴覚障害者用福祉機器。チューナーの他にTV内臓型もあり。
 東芝文字ネットチューナー

血の連続

ドラマの方はさておくとして──。

本書は一話読み切りの短編を15編集めた傑作である。近藤、土方や沖田といった新選組の中枢にいる人物をメインに取り上げるというより、彼ら以外の隊士のエピソードが中心となっている。近藤や土方の周囲の人物にスポットをあてることで新選組を知ることができるようになっている。一般に歴史物というと、時代順に、年表を追うようにとらえてしまうことが多いが、本書は「まず人間ありき」のスタンスで描かれている。事件の背景や経緯の説明に多くが割かれることのない短編で、すぐさま核心に触れるから退屈させることなく読ませる。それでいて、ひととおり読んだ後には「新選組」という集団をとてもよく理解できる仕上がりとなっている。最初こそ、事件の順序や前後がつかみにくいが、そこは著者が時々、補足してくれているし、何より、15編600ページを超える分量であるが、ひととおり読み終えると、各編のつながりも見えてきて、もう一度、最初に戻って読み返したくなる面白さである。

近藤、土方、沖田を抜きにして「新選組」は語れないが、本書は彼らを主役にしなくとも、著者の見事な筆致によってどれも充分に興味をそそる。堪能させられる。読んでいて、140年前の幕末期に自分もそこにいるかのような錯覚がもたらされる。

人物を描いたものであるが、内容は書名のとおり、まさに「斬る」物語。人を「斬った」実録である。是ほど次々に人間が死んでゆく、簡単に斬られてゆくと、読んでいてうすら寒くなる。背筋が冷たくなる。ある人物が登場する。悪者というわけではない。血も情もある個性的な人物として好意的に描かれる。つぶさに描写される。それがあるときを境に、ある出来事をきっかけに彼の人生が一転する。そして斬られる、斬る。全編、誰かが斬られる、殺される物語なのである。

激動期の幕末とはいうけれど、ここに描かれるのは、そうした大きな舞台ばかりではなく、平穏な一人の人物の(隊士の)平穏な人生で起こる、予期せぬ死の物語である。恐ろしい。けれども、「血」のエピソードと分かっていても、それでも次を読まずにいられない強い魅力を有している。

三谷氏が目指す今度の大河ドラマは、新選組が単なるテロ集団ではなかったことを伝えたい、近藤勇の人間的魅力を表したいということだけれど、本書を読むとやはり、新選組のまごうことなきテロリスト集団の側面が一層、強く浮かび上がってくる。隊規にふれた者の粛清、誅殺が日常茶飯事であったことが著者によって繰り返されている。新選組が任務に従って敵対する反幕分子を斬っていった以上に、新選組内部の粛清が際立っていることを本書は浮かび上がらせる。新選組が新選組であるために、純血主義を貫いていったことがよく分かる。

沖田総司の恋

隊士の非違を聞くとふたことめには斬れと命じた近藤や土方の描き方には著者も容赦ない。彼らが局長や副長という立場であれ、神聖化することなく手厳しく、突き放して描いている。時に辛辣な皮肉も交じる。

ところが、沖田総司となると一変する。沖田に対してだと、近藤や土方も途端に力の抜けた人間として描かれる。それは彼らより10歳年下のこの美しい若者が、剣の技術なら近藤や土方も及ばない何万人に一人の天稟を持って生まれついた、血生臭い新選組という集団の中でもひとり、「血」とは縁遠いような明るさと純粋さを併せ持つ稀有な存在であったことや、新選組の中でも多摩の道場時代から共にした数少ない天然理心流の同郷仲間、相弟子ゆえの意識からであろう。

そしてまた、それは著者も同じである。この若者だけには著者も優しい視線を注いでいる。全編、沖田が登場するときの描き方はやさしい。特に沖田をメインに取り上げた「沖田総司の恋」と「菊一文字」は、他の編との違いが際立っている。あたたかい雰囲気が流れていて、「血風録」の中で異彩を放っている。

著者が近藤や土方をして「総司のことになると目が曇る」と語らせているのと同様、著者も沖田のこととなると筆が柔らかくなる。それが読んでいて面白い。

満足度:★★★★

この集団にあっては、別の道徳法律が支配している。主膳の生き恥は、士道悖反である。士道とは、男道のことだ。漢(おとこ)とはかくあるべきものだという勁列な美意識である。近藤、土方は、本来烏合の衆である新選組の支配倫理をここに置き、これをもって隊法の最高のものとしてきた。

(余談)書評誌『ダ・ヴィンチ』が選ぶ「新選組が登場する好きな小説&コミックス」のベストは、土方歳三の生涯を描いた同じく司馬氏の『燃えよ剣』らしい(本書『新選組血風録』は3位)。『燃えよ剣』は10年前、途中で挫折してしまったのだが、本書で新選組の魅力を堪能できたこともあって、大河ドラマの愉快さを味わえている今年中にもう一度、読み直してみたいと思う。


 

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