しのびよる破局

辺見 庸(2010年角川文庫)

2011/05/05読了、2011/05/07メモ

人間的価値の問い直しを

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一昨年のNHK番組ETV特集で語られた内容。当時、ふと番組に遭遇して魂をわしづかみにされたように見入った。氏の語りかける言葉が深く心に響いてきた。今時、珍しい「ことばの強さ」「迫力」というものが伝わってきた。

本書は当時の番組「独白」を基に、インタビューや講演等を加筆したもの。TVで感じたほどの迫力であり衝撃は失せた気もするが、書物になった分、立ち止まってじっくりと考えさせられるのには適している。

世界同時不況直後の金融危機、経済恐慌にあって、今の社会を覆う重層的な危機、「破局」を、新型インフルエンザの感染爆発をあらわす「パンデミック」という言葉になぞらえて思索している。

土浦、秋葉原の無差別殺傷事件、派遣切り、鬱の蔓延、自殺者の増大、格差や不平等の拡大・・・といった社会の歪みとして現れるときの弱者の痛みを作者は直視しようとする。何度も繰り返されるのは、現代の危機からの脱出にあって「経済的繁栄を取り戻すのではない」ということ、「人間とはなにか、人間とはどうあるべきなのか」を自分に他者に問い直すことだと。

カミュの『ペスト』を再読したことも度々、引用されている。「これから悪いことが起きるのでなく、いままさに起きている」「でも人間は不吉な前兆をまさか、たまたまだと思ってしまう」

日常というのはそうした楽観と鈍感と無思慮で、継続、維持されている

「マスコミも事態を過小評価する」「日常を守ろうと楽天主義を貫く」といったあたりは、まさに今回の原発事故にも当てはまる。

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本書で語られていることはまさにそのとおりで、それは著者でなくとも誰もが問題は認識している。ほんの一昔前に比べても世も末であり、ひどい時代になったものだとは思う。ただ、ある程度の経済繁栄であり景気が取り戻せないと失業者は増えゆくばかりで派遣の職さえもない。政治に失望はあっても施策や教育やに努力は注がれている。

資本主義が腐ってきているといっても、懐かしい昔に戻ることもあり得ない。そういう意味では著者の側から「破局」への警笛は繰り返されても、有効な処方箋は提示されていない。どうしても哲学的ないい分でしかないところはある。

その弊はあるにしても、低みにつく、誠実という退屈な真理を貫く、報われない陰徳は持続する精神に裏付けられる、他の痛みへの同調、他の痛みを考え続けること・・・といったことをしきりに自問させてくれる。

ぼくはある種の痛さをもちながら考えざるをえないのだけれども、自分の尊厳というものを獲得する意味でも、できれば秋葉原事件の青年のような発作とか痙攣というかたちではなく、そういう寄る辺ない哀しみと不安のなかに落としこめられた自分を、自分のことばで懸命に語っていくというか、対象化していく、そういう最小単位としての自分から自分を表現していく。モニター画面だけではなく、生身の人間にたいしてそれを訴えていく、表現していくということが、とてもむずかしいけれども必要だし、それを激励していくことが、まったくきれいごとではなく必要だとぼくはおもうのです。


青年達が、障害者が、あるいは年老いた人びとが、排除されてもよいものとして路上に放り投げられているときに、それを痛いとも感じなくなって、わが身の幸せだけを噛みしめるような人生というのはなんてつまらないのだ、なんて貧しいのだ、なんてゆがんでいるのだという感性だけは失ったら終わりだとぼくはおもいたいのです。

満足度:★★★★★


 

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