四季の歌 恋の歌

大岡 信(1987年刊 ちくま文庫)

1989/12/28読了 2010/02/05メモ

春たちける日よめる

四季の歌 恋の歌―古今集を読む (ちくま文庫)
四季の歌 恋の歌―古今集を読む

一日遅れのエントリながら、昨日は立春だった。立春の日に毎年、思い出すのが古今集の紀貫之の歌。

袖ひぢてむすびし水のこほれるを春立つけふの風やとくらむ


大学時代に読んでとても感動させられた本。扉には「'89.4.28文系書籍部」の記入がある(=購入した場所)。懐かしい・・・。事情あって卒業を一年遅らせ、留年した4月のこと。さらには読了日付の記入が年末であり・・・と呑気に和歌の世界に感動していたわけだ。

立春の日に持ち出されるこの歌はおなじみのとおり、東から吹く春の風が冬に凍らせた氷を溶かして躍動する春の喜びをうたっている、というものだけれど、作者(大岡信)はさらに詳解する。

「袖ひぢて」は袖を濡らして。「むすぶ」は(手で)すくう。うたっているのは立春の日だけれど、うたわれている前半の内容はいつの時点かというと昨年の夏のこと。川辺で水とたわむれた、去年の夏の記憶が秋を経て冬に凍ってしまった、それがこの春風にとけてゆくだろうか、と夏、秋、冬の季節の巡りを踏まえた春の日という、一年間のことを一首でうたってしまっている。

貫之が(そして大岡氏が)ロマンチックなのは、溶けるのは冬の氷であるけれど、その氷が閉じこめていたのは夏の日の思い出である、自然現象としての気温がぬるむことに加えて、水辺で楽しく遊んだ過去の日の記憶も呼び戻されるという、一首の中にいろいろな内容が含まれていることに興を持っていた点。こんな具合に貫之は特にひとつのものをうたう中でいくつもの内容をうたうことに長けていた。

また、ことばの面では溶かすの「とく」は上の「むすぶ」にも対応している両語、「縁語」でもある

東風

もうひとつ、立春の日にふく春の風は東の風と相場が決まっているが、これも中国の五経のひとつ『礼記(らいき)』の中にある篇の一節に「東風解氷」というのがある(漢文調にいうと解氷の間にレ点)、貫之もこれをふまえて作っている。東という方角は季節では春を意味していた。わざわざ中国の言葉をふまえて作ったのも、当時の歌人たちに漢詩の領域に和歌を引き上げる、知識を取り入れる喜びもあったのだろう、と。

タイトルのとおり、後半は古今集の「恋の歌」の解説になっていて、もちろん袖ひぢての歌以上にロマンチックでありセンチメンタルであり・・・と、当世一の詩人、歌人の手による清新な評釈で

四季の歌の裏に、恋の心を秘めて、古今集の詩華は、日本語のしなやかな重層性を見事に駆使して花開いた──。

うっとりさせられるような内容になっている。

Amazonをのぞいてみると今は文庫も絶版で古書がプレミア価格になっているようだけれど、それ以上の価値はあると断言できる。

余録
 東風吹かば・・・の歌で有名なのは菅原道真。道真が九州太宰府に下る途中、勝間の浦(防府)に立ち寄ったのが901(延喜元年)2月4日。これが機縁になり、後に防府天満宮が創設された。


 

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