臨場 2

検死官の臨場率減 -- 新聞記事にも

2007年刊
光文社文庫

続編の予定はなかったのだけれど、前回収録したばかりの翌日(23日金曜)、朝日新聞でまさに本書を引きながらの「検死官」の実態が大きくレポートされていた。

引き金は時津川部屋力士の急死事件。僕も読みながらまず思っていたのがこれ。遺族の要請を受けるまで事件の真相が明らかにされなかったこと。ひどい暴行を受けていながら警察はそれを見抜けなかったばかりか検死官の出動さえ要請せず、病院も急性心不全による死亡と判断したお粗末さ。

朝日新聞「あしたを考える」シリーズの記事では

死因究明 足りぬ人材

として死因を解明すべき死体の急増に、警察や医師の体制が追いつかない実情を報告している。

僕もこの小説を読んで初めて「検死官」なる職位があることを知った。自殺、他殺、病死、自然死・・・の見極めがそれほど曖昧なボーダーにあることなど想像できなかった。

事実は小説よりもっと・・・

小説はあくまでフィクションの世界であるけれど、そうもいっていられないのではないか。「事実は小説より希なり」ともいうように、特に今の時世は小説家の想像さえ超えた事件が多発している。

事実、警察が扱う死体はこの10年で1.6倍に増えている。けれども、検死官の数は全国でわずかに23人しか増えていない147人。検死官が現場に出向いた割合(「臨場」率)は11%、司法解剖に回されるのも4%に過ぎないという。

急死した力士は氷山の一角に過ぎず、真相が明らかにされるどころか、調べられることさえないまま仏とされているケースが多いのだろう。

数年前にも、兄の死を事故死とした警察に対し自ら真相を調べ上げた妹だとか、轢き逃げ事件、ストーカー、いじめ・・・等、家族が警察の捜査を信用できずに・・・というケースが思い出されてくる。

捜査の手が回らない実情であるとか、死因が判明されたところで死者がよみがえるわけでもない、どれだけあるか分からない可能性に捜査の人力、手間を注げない・・・といった事情があるだろうことも言い分にはなるのだろうけれど。

でもそこには一人の人間の取り返せない人生がある。小説とは思えなくなった。作者の人間への愛情、観察力の深さと慧眼に恐れ入る。

「調査官──検視で犯行の動機や引き金まで知るのは無理です。そのことは調査官が一番よくご存じのはずではないですか」

「わかると言ったらどうする?」


「イチ──お前、誰のために検視をしているんだ?」

「えっ……?」

「確かに不倫絡みの心中なんて珍しくもなんともねえ。どこにでも転がってるクソ話だ。けどな、どこにでもあるクソ人生でも、こいつらにとっちゃ、たった一度の人生だったってことだ。手を抜くんじゃねえ。検視で拾えるものは根こそぎ拾ってやれ」

満足度:★★★★


 

  Related Entries


Message

メールアドレスが公開されることはありません。