パーフェクトマイル

ニール・バスコム/松本剛史訳(2004年刊 ソニー・マガジンズ)

2004.11.03読了 11.14メモ

芸術としての1マイル走

ソニー・マガジンズ

ランニング関係が続くが、福岡国際マラソン、防府読売マラソン、そして年明けすぐの渡航、と緊張感も高まってきた。「ランナー本」を2冊、続けて読み終えた、と『速すぎたランナー』で触れたうちのもう一冊。

本書は1950年代、1マイル4分の壁に挑んだ英、米、豪国の3人のランナーを追ったノンフィクションである。

日本でもごく稀に、ロードレース(一般道路でのレース)で、10マイルレースというのがあるのだが、普通、日本ではマイルという単位(1609m)には日常、縁がない。当時からオリンピックの競技種目も1500mであるし、1マイル走といわれても、すぐにはぴんとこない。最近、ユニクロが売り出しているのがワンマイル・ウェア(=ちょっとそこまでの距離なら外出できる部屋着)で、これも1kmウェアより何となくかっこいい響きだからこそである。

けれども、国際レースではマラソンでもキロ表示とマイル表示が併記されるし、「マイレージ」というように、メートルとは違う、国際的、歴史的な、それとない価値を有する単位だというのはおおよそ、想像がつく。本書によれば、古代ローマ人が統計やデータを残すのに熱心であったこと、そして彼らがマイルという距離を最初に考案したことが後の陸上競技への重要な貢献となったのだということが分かる。いわゆる陸上競技場の1周400mトラックは、19世紀のイングランドで、4分の1マイルがクリケット場やフットボール場の周囲にちょうどうまくおさまることから出来上がったらしい。

本書で描かれる、半世紀前の選手達を虜にしたのが1500mではなく、1マイル走であったのは、1マイル4分という壁が、「4分の1マイル、4周、4分」という数学的な美を持つ数字であり、何より1マイル走が芸術の一形式だったからである。1マイルに100メートル足りないだけの1500mが不自然なレースであることを、3人の1人、オーストラリアのランディは「1500にはまるで美しさがない。スタートした場所でゴールできないなんて、おかしな話だ」とも説明している。

100mの差はともかく、おおかたの日本人男性も中学、高校の体力テストで1500m走というのを経験しているはずだから、この距離の競技の過酷さが理解できることだろう。マラソンとはまた別の、スピードとスタミナのバランスが要求される距離で、ゴール直前にラストスパートを繰り出そうものなら、胸が爆発しそうな、ほとんど生死の境目をさまようほどの心肺能力が求められる。また、スパートの駆け引きをめぐらしながら、他の選手と激しくぶつかりあう点はトラックの格闘技と呼ばれる所以でもある。それでも、1500mや1マイル走は、本書の3人のランナーがそうであるように、レースの終盤に加速し、「脚と肺と意志の力を一気に解放する瞬間を愛する」者達にはたまらない魅力を有する競技種目なのである。

関係ないが、1500mを「千五(せんご)」の通称で呼ぶように、手話でも「千」と「五」を続けて(一瞬の間に)表す。この手話の「千」は、由来が非常に面白いという意味で、これも少し芸術的なところがある。

アマチュア・スピリッツ

今でこそ、マラソンや陸上競技でも、世界記録を出すか、オリンピックで金メダルを取るかといったごく限られたレベルであるにせよ、一部の者が莫大な賞金を稼ぐことができるようになった。けれども、なお、陸上はプロ、報酬とは縁遠い競技である。いわゆる実業団選手も、ただ栄誉や自分の、所属先企業の目標のためだけに走り続ける。

本書の主人公達もそうである。しかも、彼らは練習時間が保証されている訳でなく、もっと制約された形であった。

イギリスのロジャー・バニスターはオックスフォード大学の医学生。世紀の対戦の前には医師国家試験も控えていた。オーストラリアのジョン・ランディはメルボルン大学で農学を専攻しながら、午前2時の深夜のトレーニングに励んだ。アメリカのウェス・サンティーがカンザス大学に入学したのは、走る素質を見いだされた幸運によるもので、それがなければ水道も電気もない過酷な農場で、一生、働くしかなかった。走ることは、父親の虐待を受け続けていた過酷な少年時代から逃げ出すためのものであった。

彼らが出場し、ともに屈辱を味わったヘルシンキ五輪は、それまでのアマチュア・スポーツの理想主義から、プロ・スポーツの勝利至上主義への転換点となったといわれる。それでも、彼らはただ名誉のために、記録に挑み続けた。とりわけアマチュアリズムが理想とされたイングランドのバニスターは、医学と陸上とを両立させることで、人間の英知の証明を試みようとした。生活の他のすべてを犠牲にしなくても陸上競技で偉大な結果を残せることを示したかった。1マイル4分そのものが目的ではなく、むしろこの難題に取り組むことで、スポーツと人生をめぐる真理を証明したかった。

これは、レベルは違っても、現代の我々にも自覚できることだろう。プロ・スポーツを鑑賞する面白さやリクレーション・スポーツとしての楽しさとはまた別の、スポーツを通じて自分の可能性や人生の指針を得ることができる喜びは誰もが等しく得ることのできるものである。特に陸上という競技、走るという行為は、ただそれだけの行為に日々の、多くの努力を注ぐことが見合うものとは到底、思われないのに、それが分かっていても、それでも、人を走ることに駆り立たせる不思議な魅力を有している。それは、自分の限界を試すことであったり、困難を克服する力であったりする。人はスポーツを通して「現実の人生に移しかえられる」ものを見つけてゆけるのである。

部活動としての陸上を行っている生徒、学生には、学業と陸上を両立させた本書に描かれている主人公達の生活や、目標に向かって努力し続ける様が大いに参考になるだろう。バイブルになってもおかしくない。また、特別な用具や場所や人を必要とせずに、今いる場所からすぐに走り出せるという点で、仕事の傍らのわずかな時間をやりくりして走っている大多数のジョガー、市民ランナーをも勇気づけてくれる内容である。

夢と限界に挑んだ人間を描いた見事なノンフィクション

訳者あとがきによると、本書は『シービスケット』のプロデューサーによる監督製作で映画化権が取得されたという。古き良きアメリカを映し出した『シービスケット』同様、本書の内容もまさに、陸上に賭けた純粋な美しさそのものが描かれている。映像の方も大いに期待できそうである。

薄っぺらな本の多い昨今、400ページを超す分量に著者のエネルギーが注ぎ込まれていて、「世紀の一マイル」、二十世紀スポーツ界の名勝負が迫真の筆致で伝わってくる。著者も訳者もスポーツライターというわけでないのに、驚くくらいに正確に、細やかに陸上競技の周辺が記されている。訳もこなれていて読みやすい。また、「人間機関車」の異名をとったザトペックの出場で有名なヘルシンキ五輪や、その他の陸上の歴史についても随所で深く触れられている。

陸上好きには間違いなく興味深く読ませるだろう。もちろん、一方で、映画化されるというように、努力を続けた人間の生き方を描いた、見事なノンフィクションに仕上がっていて、陸上という分野にとどまらず、一般の読者の期待をも裏切ることは決してないだろう。

満足度:★★★★★

50年後の現在、ウェス・サンティー、ジョン・ランディ、ロジャー・バニスターの三人は、それぞれ一マイルの最高タイムを出した場所にほど近いところで暮らしている。カンザス大学、オリンピックパーク、イフリーロードのトラックをそぞろ歩くとき、三人の耳には遠い過去の残響が聞こえてくるだろう。スターターのピストルの音、鉄のスパイクが石炭殻を打つリズミカルな音、しだいに高まる観衆の歓声、PAから割れた声が流れ出し、だれもがしんと静まる瞬間──まるで今日があの日なのかといぶかしく思うにちがいない。

スポーツのヒーローは、しばしば時を超えて私たちを感動させる。私たちは若き日の彼らを、まだ染みのないその顔を、力にあふれひきしまったその体躯を記憶している。もしもある人間の評価が、若いころだけでなく一生涯をどう生きてきたかで計られるとしたら、この三人は一マイル四分への挑戦のあとでなしとげた功績でも注目に値する人物だろう。

(余録)本書のラストで描かれる「世紀の対戦」は、英国、オーストラリア、南アフリカ、カナダの英連邦4カ国で行われる英連邦競技大会で実施されたが、このとき会場となったのは、カナダのヴァンクーヴァー。ヴァンクーヴァーは1年前のGWに僕も訪れていたのだが、本書のこの歴史的事件を知っていれば当地を踏む、また違った感慨があったろう、と悔やまれる。
一方で、僕は、ランディの故郷、オーストラリア、夏のメルボルン──公園の中の街──を訪れて走る予定が一ヶ月後に控えている。ヴィクトリア州知事にも選出されたランディ氏に会えることはまさか、あるまいが、ランディが学んだメルボルン大学、練習に励んだセントラルパーク、オーストラリアの歴史を書き換えたレース会場、オリンピックパーク・・・等々をこの目で見ることができるかと、非常な愉しみである。


 

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