「脳」整理法

茂木健一郎(2005年刊 ちくま新書)

2007/11/11読了、2007/11/11メモ

良質の人生論

ちくま新書

先に読んだ「佐藤可士和の超整理術」があまりに期待外れに終わってしまっただけに求めた類書。著書を刊行するのが第一作だったという佐藤氏と比較するのは酷であるけれど、こちらは実績充分の人気学者だけに大いに読み応えあり。

ただタイトルは減点。本書の内容を正確に表してはいない。「ごちゃごちゃする頭の中をすっきりさせてくれるノウハウ」・・・と期待すると当ては外れる。著者もあとがきで

本書は構想の段階では、脳の使い方についてのノウハウ本になる予定でした。

それが、・・・いつの間にかこのような形になりました。

とタイトルと内容との乖離を認めている。

それはあるせよ、読み終えて自分なりにタイトルを変えるつもりで臨むなら充分面白い。

おびただしいデジタル情報にいかに対処するか、という試みが主題なのであるが、「整理法」という技術的な事柄よりも、すぐれて人生論的な本となっている。

現代社会、世界にいかに対処するか、「いかに生きるか」について、数学、生物学、物理学、哲学、臨床心理学・・・という「知」の技術、「学問」を総動員しての考察となっている。

多面的なアプローチによる「整理」

その過程に「目から鱗」というほどの目新しいことが書かれているわけではない(新書ゆえということもあろうけれど)。人生論的な、と評したように、誰もがどこかで学んできた、何かを通して知っている事実であり、無意識に経験してきているものである。

個人的に言い表すとすると、結論(本質)はシンプルなのだけれど、そのアプローチが極めて多面的、というところだろうか。

ただ、当たり前のように思えて、本書のようにきちんと科学的な定義のもとで理解し、意識しておかないと無秩序に広がってしまいがちな知恵や真理や・・・というものを体系付けて考えておくことの重要性は大きい。

最初は比較的、とっかかりやすい例えから始まり、次第に専門的になってくる。僕には、特に第7章(全10章)で「ミラーニューロン」なる学説をからませるあたりから俄然と面白くなってきた。これも昔からある心理学的な事実のようでいて、1996年の報告という科学「的」には意外な新しさが面白い。

読み進めるのに徐々に引っかかるようになってきて、そのためにはまた最初に戻って用語の定義を確かめて・・・と、推理小説ではないけれど全体を読み解く愉しさが用意されている。僕は読書という行為に対して、普段はマーカーを引くくらいなのだが、加えて付箋を貼り出したらたくさん追加されて、書き込み(メモ)まで出てきて・・・と、意識下、無意識下の思いを存分に引き出してくれた。

学問の総動員、と書いたように、ダーウィン、アダム・スミス、ニュートン、アインシュタイン・・・らが登場したり、最後には「セレンディピティ」、「エラン・ヴィータル」といった初めて知るような専門用語がキーワードになってくる。

「偶有性」がキーワード──偶然と必然のあわい──

著者が力説している、繰り返しているのが「偶有性」(contingency)についての考察。「偶有性をいかに担保(確保)するか」の命題についての手がかり、ヒントが論じられている。

本書の内容もいってみると、人生は「一期一会」であるとか、「ゆく川の流れは絶えずして」であり、また「諸行無常」ということなのだろうけれど、アプローチの仕方、というのがとても楽しく読ませてくれる。

再び、あとがき中の著者の言──

本を書くことの歓びの一つは、大切な問題について、ゆっくりと考え、自分の思考を進めることができる点にあります。

本を読んだり、何かに出会って起こる感情、思考の整理も然り。このブログもそのささやかな努力のつもり・・・。

新書でいて多面的な解説の充分すぎるほどに詰まっている本書を自分なりに「整理」しようとすること、その試みが「脳」整理の格好のトレーニングになってくれる。

満足度:★★★★

「神の視点」をたとえ擬制する場合でも、その「神」を創造し、「神」となり、仮想の「宇宙」を見ているのは、実は「私」であると認識することで、一見「絶対的」なものに見えてしまう「神の視点」の中に、「私」と同じくらいの自我の震えと、世界との交渉における偶有性を接続することができるようになるのです。

どんなに動かし難いように思われる概念でも、その主語を「私」に置き換えることで、生身の「この私」が抱えているのと同じだけのフレキシブルなダイナミクスをそこに投射することができる。

この点にこそ、人間の脳がもっている、世界に関する知の整理の方法論の確信があり、また、この点に、公共的な「世界知」と、私秘的な「生活知」との間を橋渡しする/行き来するための方法論が隠されているのです。


 

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