夜想曲集---モラトリアムな人生

朝日と毎日の書評欄に登場

夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語 (単行本)
夜想曲集
音楽と夕暮れをめぐる五つの物語

新作発表ペースが4、5年に一度というスローな著者の次作はまだしばらく先になりそうだから、しばらく本作を追ってみる。書評やら個人レベルのブログやら、人がどういう風に読み込んでいるのかを知るのも面白く興味は尽きない。

だいぶ遅いような気がするが朝日と毎日の書評欄にも先週日曜(7月26日)やっと登場。毎日が大御所、丸谷才一評、朝日が鴻巣友希子評。でも丸谷評はストーリーの紹介が大半で内容は今ひとつな気がする(それは次回にでも)・・・

夢にすがって決断の先送り

こちらはもう一週間遡るのだけれど、7月20日の朝日新聞に「初の短編集『夜想曲集』を出版 たそがれの愛・夢描く 日本生まれの英国人作家 カズオ・イシグロさんに聞く」としてインタビューが載っているので備忘録までにメモ。

たそがれの愛・夢描く | asahi.com

一応、ことわっておくと僕がここで繰り返し取り上げているからといってお薦めとはいいきれない。イシグロを初めて読む人にはこの作品は向いていないと思う。短編だから気安い、ということもない。おそらく戸惑い、失望する可能性の方が高い。「音楽と夕暮れ」というテーマから想起されるロマンチックなカタルシスを得ようとするとあっさり期待を裏切られる。

インタビューでは、そのものズバリの主題が作者によって解説されている。

登場人物は、夢や信じていた可能性と、現実やあきらめのはざまで揺れています。若い頃は活力に満ち、楽観的です。しかし、歳を重ねるうち、いつまで可能性を夢見ながら生きられるのだろうかという疑問がわき起こってくる。夢を実行に移すか、それともあきらめるのか、という決断の日をなんとか先送りしたい誘惑に駆られます。


一方で、我々が生きる社会も変わりました。最近は人生をやり直すのに遅すぎることは無い、という風潮が広がっています。現代社会は「今のままの自分であきらめてはダメ。人は変わることができる」というメッセージを出しています。


その意味で、決断の日をどんどん先送りし、自分の夢をいつまでも育んでいられる環境なのです。でもそれは、現実の自分をあざむいていることでもあるわけです。

「人生は何度でもやり直せる」、「夢を諦めない」、「今の自分は変えられる」・・・何でもポジティブ論者が唱えそうな自己啓発書コーナーにあふれているタイトルだ。

でも実際は、現実を認識することの回避であり、問題の先送りであり・・・。「ピーターパン・シンドローム」や「モラトリアム症候群」という言葉が思い浮かぶ。後者を唱えた小此木啓吾氏の著作を大学の頃、読んだことも思い出すが、当時の年齢の2倍の時間を生きてきて、今度は小説の中で考えさせられるとは。

もちろんイシグロの場合は「現実を見ろ」というのでもなく、生き方をどうこう指南するのでもなく、人間には誰もそんな弱い部分を抱えていること、普段、目を向けたがらない現実の姿を、でも実は誰もが拭い去れない影の存在をおぼろげに見つめ怯えている、その「揺れ」を誤魔化さずに描いているところに妙がある。

そこを意識して踏み込んでいるところがこれまでの作家にない、本人の口を借りると今までと違うものを書く「挑戦」であり、裏打ちする才能がノーベル文学賞候補といわれるゆえんなのだろう。

* 明後日は訳者のトークショーがあるとか。またweb上に講演録を載せてくれないだろうか。

青山ブックセンター:『夜想曲集 夕暮れと音楽をめぐる五つの物語』刊行記念 土屋政雄さんミニトークショー (六本木店:2009年7月30日)


 

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