鼠 鈴木商店焼打ち事件 - 2

人間間の葛藤が波紋を呼び、事件をつくる

週刊 エコノミスト 2010年 5/11号 [雑誌]
週刊 エコノミスト
2010年 5/11号

僕は魅力を感じた人、志をもった人、こうあってほしい人のロマンを描いてきた

先月「気骨・信念の人 城山三郎没後三年」でエントリしたように著者が惚れ込む男としての魅力が、男のロマンが作中に満ちている。

また主人公の直吉一人のみならず、直吉を慕って当時の鈴木商店を支えた、同時に社の近代化を阻む直吉の気質を憂慮し葛藤する周囲の人物達の魅力も同じように力を込めて伝えられている。刊行当時はまだ存命だった社員のプライバシーにも配慮してイニシャルとされている社員達にさえも、それぞれの深いドラマのあったことがよく分かる。

伝奇小説とも言えるし、群像劇としても成り立つ、並の小説の10本分くらいの面白さが詰まっている。

エコノミスト:5月4・11日号 - 毎日jp(毎日新聞)

【読書特集】自伝・評伝24冊で再発見「ケタ外れの日本人」

日本史の敗者(山内昌之)/実業家(佐野眞一)/近代の政治家(今谷明)/科学者(中野不二男)/文学者(北村薫)/奇人(長山靖生)/芸人(池内紀)

現代史、経済史、郷土史

また、まだ古くない出来事のはずなのに疎くなりがちな当時の政治史、経済情勢といった現代史にも自然に学べる、興味深く知ることができるのも面白い。

鈴木商店は神戸の会社であるけれど、土佐人の直吉を筆頭とする土佐派が主流を占めていた。龍馬の血を引くような土佐人気質が「まっしぐら」な成長をもたらしたダイナミズムの源泉だったろう。

これはまた偶然であるけれど、山口が時代的、地理的にちらほらとからんでいたのも興味深かった。直吉も深く関わった政治の面では当然、明治からの長州閥であるとか、当時の三井・三菱・住友連合を向こうに日本に初めての工業製法として設立されたのが、これも時代の運命というか、後に三井に買収される下関の彦島製煉工場(東洋高圧)であるとか。

米騒動とは直接に関係しない、商取引としてのシーンだが、小学校の頃に学んだ防長三白(四白)の一つ「防長米」が特に何の説明もなく登場したのにも感動した。防長米は粒が丸くて良い米だということでアメリカで買われていた、カリフォルニアに送られていたとのこと。今はカリフォルニア米の方が有名・・・。

鈴木商店が台湾銀行と密接な関係で、基隆の発展に関わっていた、何度も基隆の地名が出ることも昨夏のデフリンピック・マラソン会場(翡翠彎)の手前の地だけに親近感がわいた。

惜しむらくはタイトル

読み始めてすぐにこの小説の面白さに気付ける分、タイトルのあまりの地味さ、陳腐さが甚だ惜しい。これは解説の小松伸六氏も述べているし、読めば誰もがそう思うはず。もっと刺激的なタイトルにすればまた全然、違ったことだろう。

これも、僕の勝手な見方であるが、焼き打ちの真相解明に躍起にならない、疚しいことがなければ何も弁解しない、といった直吉同様に、著者の側にもあえて「策を弄す」つもりなど毛頭なかったせいとも読み取れるだろうか。それにしても、最近の奇をてらったタイトルだけの薄っぺらな本との対比が際立つ。

余談というか、告白というか、僕は、一時は三井を抜き日本商業史上最高記録の年商を記録した、双日(日商岩井)の前身であり、神戸製鋼所、帝人、IHI、サッポロビール・・・等々(数え切れない)らの母体となった鈴木商店のことも、ここで触れられた政治や経済や・・・のこともほとんど知らずにいた。

無知の知というべきか、それだけに余計に面白かった。「エコノミスト」で佐野氏の推薦に触れていなければ手に取ることも決してなかったろう。タイトルも表紙カバーも地味ながら文庫は34年で41刷を重ねるロングセラー良書。城山氏が惚れ込んだ、佐野氏が推挙する、その間違いないことの読んで納得できた、お薦めできる一冊。

事件を受けとめるとき、その人その人に、最初にわずかな嗜好の相違があった。嗜好のちがいといっても、たいしてまちがいでないほどの。

それが、年を重ねるにつれて、その人の人生とともに生き、育ち、且つ、老いて行く。五十年近い歳月が経ってみると、それはそれぞれの人の中で、一つのゆるぎない真実に固まってしまった。それぞれの人がその人生をたしかなものと思うのと同じ程度に、たしかな真実となっている。

わたしは、岩と岩との間ではじけ飛ぶ小石のような自分を感じた。


現代史、歴史を追うことの困難さ、著者の絶望が伝わってくるが、傲慢な歴史に挑戦しなければ、真実も埋もれたままだった。

満足度:★★★★★


 

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