「変わらぬ愛」はあるか

姜尚中(2008年刊 集英社新書)

2008/07/12 7章読了、2008/07/20メモ

恋愛小説家・漱石

2008年集英社新書

昨今の純愛ブーム、お手軽な恋愛論盛りの風潮に疑問を呈してこの章は、漱石の登場する男女を軸にして最後まで論じられている。

著者がいう、僕も好きでいくつかこのサイトにアップしてきているように、漱石の作品は実は男女の機微を描いて古びない見事な恋愛小説となっている。そしてまたそれは、漱石全集を二種類揃え、高校時代から大学にかけて表立った作品を一通り読んだ僕が、若い頃にもそれなりに理解できていたつもりであったけれど、やはりそれは表面をなでていただけで、再読を繰り返す中で、年をとることでこそ初めて本当の面白味に気付けるようになる含蓄の深さがある。

以前、トレンディードラマより面白いと評した「三四郎」や「虞美人草」はむしろ漱石の作品には少数で、著者が指摘しているように、漱石は「大半の男女の関係を夫婦という形で」描いた。年を取って面白く読めるのはそのせいでもあり、きっと五十歳、六十歳・・・になっての再読ではさらに楽しく読めるのだろう。今から楽しみである。

自由ゆえに不毛

つい百年前の漱石の作品に描かれた時代では、男女の恋愛、結婚は家柄、身分、立場・・・といった制約の大きいものであった。一方で今、そうした制約から解放され「自由」を手にしたはずが、豊かな実りを享受するよりも「愛の不毛」が目立っているのは、自由であればこそ困難を伴うからと指摘する。

自由に相手を選べる状況というとき、今、思うのは、身分や家柄にとどまらず、今では時間や場所の制約も限りなく減じてきていること。十数年前、「場所」はまだ絶対の障壁であったのに今はそうでもない。ネットが普及したことで、時間と場所をも飛び越えられるようになった。

先週の「ブロードキャスター」が「婚活(コンカツ)」を取り上げて、いわゆるオンライン・デートサービスも紹介していたのだけれど、例えば東京に住む登録者は希望相手を23区内にもできれば、半径1万kmにして無制限にすることもできる。身長、年収、学歴、住まい・・・の条件を設定してやれば、データベースから一瞬にして抽出できる。地球の裏側だってOK。「地域」や「言語」なんていうフィルタオプションがあれば、世界中から探せる。

これって僕が特にここ3年、夏の旅行計画をたてるとき、ホテル選びに難航するのと同じだ。際限のない程、無数にある組み合わせという「自由」、しかもそれがノー・コストでできるがゆえにかえって選択に苦労する。旅行記やクチコミサイトを見れば、大体の評価を知ることもできる。できうる限りの情報を集めて失敗を避けたいのが人間の性。それが男女の関係においてもできるネットの時代。

一概に否定するものでなく、地球の裏側の相手とも恋愛ができるのは素敵だ。掲示板やブログやSNSや・・・、会わなくても友情や恋愛は育つし、一緒に住むことが結婚の絶対の条件でもない時代。聴こえない者、見えない者といったコミュニケーション障害、情報障害を持つ者にとってネットの力は特に大きい。まあでも、確かにその分、自由に伴う困難の大きさを引き受けなくてはいけないのは確かだ。

相互の問いかけに応える意欲

ところで、僕は著者・姜尚中氏の著作を読んだことはなかったけれど、ポジティブ教とは一線を画す本書を知って、読み始める前から漱石が多数、引用されていること、また氏が在日ゆえの悩みを抱えているはずだろうことに、マイノリティの立場で感じる自分に通じるもののあることを感じていたのであるが、この章の中でも著者が『門』の宗助とお米が好きといったくだりがあって、僕自身、同じくそうであるだけに一層、親近感を覚えた。

たとえば、私は『門』の宗助とお米という夫婦が好きです。かつて友人を裏切ってまで熱愛に走った彼らは、いまは慙愧の念から抜け殻のような隠遁生活を送っていますが、彼らの暮らしの中には灰の中の残り火のようなぬくもりがあります。

我が結婚生活はまだ十年足らずの短いもの。順風満帆の幸せ・・・ともゆかず、何より僕がずっと悩みを打ち破れず、一年後の職を確信できない日々ではとてもではないが住宅ローンも組めない、家も持てずに妻には不憫をさせていると常々、甲斐性無き男であることを自覚させられているのであるが、平凡には届かなくともせめて家庭を維持できるくらいには身を張ろうと思う、それが今のところの夫婦愛──愛なんて普通の日本人の男が口にするものでもないけれど──なのかなと思っている。

漱石の登場人物達について言えること。彼らはけっして愛に対して怠け者ではなかった。お手軽ではなかった。

愛とは、そのときどきの相互の問いかけに応えていこうとする意欲のこと。愛のありようは変わる。幸せになることが愛の目的ではない。

満足度:★★★★


 

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