マラソンランナー

後藤正治(2003年刊 文春新書)

2004.2.6読了 3.18メモ

マラソンランナーはいかなる人物であるか

マラソンランナーについてのエピソードは多い。数多いスポーツ選手の中で──かっこよくいうならアスリートの中で──マラソンランナーほどその人格、人間性が注目される種類の人物はないと思う。それはマラソンという競技に僕達が人間性を見るからであり、どこかで選手の人生に自らのそれを重ねている。僕達はマラソンランナーを見るとき、「速い」「強い」で終わらずに、「どういう人間なのか」ということに強い興味を持つ。これは他のスポーツではそうないことだ。

2本の足で走るというシンプルな競技ゆえ、技術的なことなどの他に語るべきものが多くないせいでもあろう。新聞や雑誌や大会のTV中継といったマスコミがマラソンランナーをとり上げるとき、選手の紹介にしても走り終えた結果にしても、彼らの人間性、精神性が強調される。自然に、マラソンというスポーツを観戦するとき、僕達はランナーがどんな人物であるか、彼らのそれぞれの個性を知るようになる。

マラソン選手を題材にした本、それに選手自らの自伝も多い。日常的に走ることを好むランナー、マラソン観戦のファンなら、そうした書物を読むことも多いだろう。僕もランナーの人となりを知りたくて、そうした本を読むことが好きである。

日本のマラソン史

本書は日本のマラソンランナーを取り上げたものである。本書で取り上げられた瀬古、中山、有森、高橋尚子といった選手については、著者が引用した文献自体を僕も既に読んでいたものが多く、本書で特に目新しいことを初めて知ったわけではなかったが、一冊の本で日本のマラソン史を俯瞰できる点が新鮮で興味深く読めた。

本書の目的は一人のランナーを追うことではなく、日本のこの100年を走り抜けたマラソンランナーを通して、日本マラソン百年の変遷を描くこと、そして同時に日本人の精神史をも描くことにあった。

著者は冒頭で「本書は日本のマラソン史でもなければ概説書でもない」と、「ランナーたちの列伝、あるいはいささか私的な日本マラソン物語である」と断っている。実際、それぞれのランナーの生き方の形を深く見つめてゆくことで時代をあぶりだそうとした著者の意図は充分に果たせている。そして一方で、やはり、新書というコンパクトな分量で同時に「日本マラソンの歴史」を知るのに、また、マラソンという競技、オリンピックや著名なレース、選手のエピソードを知る格好の内容となってもいる。

本書に登場するランナーがどんな人物であるか、ランナーの個性を各章名が的確に表している。

  • 坂の上の雲 ── 金栗四三
  • 苦い勝利 ── 孫基禎
  • アトムボーイ ── 田中茂樹
  • 完走者 ── 君原健二
  • 貴公子 ── 瀬古利彦
  • 朗らかランナー ── 谷口浩美
  • 復活 ── 有森裕子
  • ジョガー娘 ── 高橋尚子

もちろん、これら8名のみを追いかけたものではなく、例えば君原健二には円谷幸吉、瀬古利彦には宗兄弟、中山竹通といった具合に、同時代のライバルもあわせて描かれている。著名なマラソン選手には、必ずといっていいほど、同時代にしのぎをけずったライバルが存在する。同時に語られる、よきライバルなくしてマラソンランナーは強くなれないし、人の記憶に残ることもない。

印象的なのは君原さんの章。瀬古選手以降は僕もその活躍ぶりを同時代に見聞きしているが、君原さんは名前や活躍こそ知っていても、現役時の走りというものを直接に見たことがない。東京オリンピックは僕の生まれた3年前の出来事だ。著者は「円谷や君原の世代は、強弱はあれ、家族や村や国を観念のなかで確かな像として結べる最後の世代でもあった」と述べている。3大会連続の五輪出場を果たし、現役選手として息の長かった、そして現役引退後も世界ベテランズ陸上大会への出場や走ることから一転、大型二輪ハーレーダビッドソンでのツーリングを楽しむようになったなど、事欠かない豊かなエピソードが興味深い。

新しい歴史を刻めるか

今年はアテネ五輪。世界的ニュースになるほどのQちゃんの落選は、僕も正直、残念に思うが、世界一、層の厚い日本女子選手には大いに期待できそうだ。

一方、世界でたたかうには一歩も二歩も離されている、遅れているといわれる男子勢も一矢報いてほしい。早くから本命視された高岡、藤田、藤原選手らを退けて選出された3人の男子代表選手。案外、勢いで面白い結果を残してくれるのではないか。特に今回は、国近、油谷選手と、同時に2名もの山口県出身選手が選出された。マラソン発祥地のアテネで、日本男児の気概をもって、長州男児の爆発的なエネルギーを発揮して、本書の続編で語られるような記憶に残る走りを見せてほしい。

満足度:★★★

──マラソンがあなたにもたらしたものはなんでしょうか?

「いろんなことをもたらしてくれたように思いますよ。嫌なこともありましたが、全体としていえば、自分の人生を豊かにしてくれたものだと思います。さまざまな所に行き、多くの人々と出会った。少年時代、劣等感の塊のような自分に目標というものを与えてくれた。それが一番でしょうね。マラソンは私にとって人生の道場だったのではないでしょうか」

君原健二


 

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