風に訊け

没後30年

開高健氏のことは、2016年の正月に「Festina Lente(悠々として急げ)」のエントリをしたことがあるが、日曜の日経広告になっていたのは、今年が開高健没後30年になるということだ(1989/12/9死去)。

全面広告ページには、週刊プレイボーイの編集長でもあった島地勝彦氏の語りが掲載されている。

いわく、編集長の頃、先生の自宅に人生相談の連載をお願いに行ったところ「君のところのようなパルプマガジンに連載したら、ノーベル文学賞候補になっても落選する」と一度は断られた。承諾されないので、先生をぶっ飛ばして馬乗りになって激しく迫って、連載を認めてくれたと。

人生相談は読者から大反響があり、開高さんのおかげで100万部の売上げを達成できた、と締められてる。

連載がいつから始まったのか分からないが、島地氏が編集長になったのが1983年というから、自分が高2か高3の時からなのだろうか(関係ないが、常々云っている1983=J-POP最高の年でもある)。記憶にあるのは大学時代で、寮生活ゆえに誰かの部屋か談話室かのどこかには必ずある本、当時はやはりこの相談コーナーが一番人気で、よく話題にしていた。本当にとても面白かった。機会あればまた読んでみたいが。


 

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