世界のすべての七月 1

ティム・オブライエン/村上春樹訳(2004年刊 文藝春秋)

2004.8.12読了 8.15メモ

群像劇

世界のすべての七月 (単行本)
世界のすべての七月

本書は、卒業後30年を経て開催された同窓会に集まった、かつての大学時代のルームメイトを描いた群像劇である。主人公となるのは、10人余りの男女。彼らが青春を過ごした大学当時の姿、そして今の境遇と、それぞれがたどってきた人生とを交錯させながら物語は進む。

読んで何かの役に立つとか、感動する、勇気がわいてくる、とかいった類のものではない。驚愕する内容でもない。それでも不思議に引きつけられる小説である。

こなれた訳で一気に読んでゆける文章である。けれども、先を急いで読みたくなる、というのでもない。味わいのある筆致がいい。古典のような名文というものでもないのに、文章にふくよかな味わいがある。時には何度も同じ箇所を読み返しながら、じっくりと読み進めてゆくのが心地よい文章である。原著者の人物描写のうまいことに加え、大勢の登場人物の語りを息づいた会話に仕立て上げている訳者の力量ゆえだろう。

同窓会というもの

ダンス会場の体育館に集まったルームメートの紹介から物語は始まる。死んだルームメートのゴシップから始まって、主人公たち一人一人の、過去の、そして今に続いている物語が次第に明らかにされてゆく。ルームメートそれぞれのたどった人生をこの小説はなぞってゆくのだが、大学時代、かつては若く希望にあふれて輝く青春を送っていたルームメートが、今ではそれぞれに挫折を抱え込んでいることが分かる。

確かに、社会に出て30年、順風満帆な人生など、そうあるものでないだろうし、あったとしても、それでは小説としての面白味など全くない。同窓会で成功をひけらかされるほど興ざめなものもないだろうし、この物語でも、どうやら60人集まっている卒業生のうち、主人公グループに入る名誉な資格を得ることができたのは、人生で大切な何か――婚姻関係や愛人、あるいは仕事だとか身体の一部だとか――を失くしてしまっている人物なのである。人生に失敗した、とまではいかないが、少なくとも今の自分に満足できていない人物達である。

小、中、高、大と、僕たちは学校を卒業することで誰もが等しく、同窓会の一員という資格を得ることとなる ―― 実際に行われるかどうか、また、意識しているかどうかは別にしても ――。

同窓会というものに対して、人はどんな思いを有しているだろう? 同窓会というのは、お互いが「変わってない」ことを確かめて過去を懐かしむ場といえるだろうか。いや、それもあるけれど、むしろ、卒業後の異なる環境で、どれだけ「変わったか」を見つけにゆく場だ、という一面が大きいといえるのではないか。

社会に足を踏み入れると、そこは温室のように庇護されていた学校のようにはゆかず、多くの苦難が行く手を遮っている。学齢期には成長をもたらした年月が、今度は容赦なく老いを加速させるものへと変わる。病や事故が待ち受けている。でも、傷ついているから、挫折を経験するから人生は面白く、物語るのに足る。辛酸をなめた日々は、純粋な学生時代の美しい思い出よりも味わい深い。それぞれの人生の、数奇であれ、平凡であれ、人間の営み、「過去が語られる」事の面白さがある。

人生を折り返して

挫折や傷を負った登場人物達は、残りの人生の指針を見出せずにもがいている。じたばたしている。それぞれが、自己の再定義を迫られている。不倫旅行中に相手が溺死してしまった女エイミーの、「いったいこの先、どんな人生が私の前に開けているというのだ?」という思いは、卒業生の皆に共通する思いであろう。人生の半ばを過ぎた主人公たちは、鬱屈した現在から自分を救い出してくれる何かを切実に求めている。よく、人生をマラソンにたとえるけれど、折り返しを過ぎて、なお残る3割の距離を、時間を、走り続けてゆくモチベーションを必要としている。

それが物語の中で端的に行動にあらわれるのが、男と女の関係である。卒業アルバムでトップレスになり、2人の夫をもつ女スプークが、なおも「愛を抱くことのできることを、何でもいいから自分の中に見つけ出し」たかったように、登場人物の多くが過去、不倫に走った経緯を持っているし、あるいは今、走ろうとしている。

モラルや倫理といった考えのない、何ともやり放題なにぎやかさなのだが、それは、性的な欲求というよりも、人間として、50歳を過ぎたからこそ、自分が異性にどう感じられているかを確認したい思いが強いせいであろう。50代のこの世代、世間一般的なところでは、組織の中でも個人でも、仕事に全精力を注げる立場である。あるいは、仕事にそれが見つけられなくとも、ボランティアや地域社会での活動や、といったところで、いわゆる自己実現を果たすこともできるし、それが大いに推奨されるのだけれど、でも、性的魅力こそが人間の根源的なところで自分の存在を確認できる大きなものなのだ、というところなのか。

30年前の憧れを今もルームメートに送り続ける男マーヴや、結婚と離婚を経たデイヴィッドとマーラの2人がまた親密さを取り戻そうとしたり、あるいは、意外な組み合わせができてしまう愉快な仕掛けが効果的なのも、同窓会という特殊な舞台ゆえである。

(続く)


 

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