イッツ・オンリー・トーク

絲山秋子(2006年刊文春文庫)

2006.06.10読了 2006.06.11メモ

丙午生まれの同学年作家

2006年刊文春文庫

『沖で待つ』で今年の芥川賞を受賞して新聞紙上等で取り上げられた頃から、著者が同学年(39歳)であることに関心を引かれていた。小説の内容が仕事の同期の男性を描いたものであるらしいことに加え、著者の人生も、早稲田政経卒後、INAXでバリバリに働き、認められ、けれども躁状態で自殺直前までゆき入院して退社・・・と、非常に波乱に満ちているようで、益々、興味も膨らんだ。

受賞作は未だ読めないでいるけれど、2003年の文學界新人賞を受賞し 、このときも芥川賞候補になったというデビュー作の本作を先に読むことができた。昨日、大阪に行く新幹線の中で読み始める。前夜、ふと見た先週の新聞の書評欄の文庫コーナーに本作が紹介されていたら、新山口駅のキヨスクにも置いてあって、岡山を過ぎる頃に読了。ノートパソコンでもあれば帰りの新幹線でこのメモも一気に仕上げられそうなくらいに感動もホットで、こうしてたまには、スピーディーに収録。

ユニークでいてかつ、優しく

芥川賞受賞が遅過ぎたといわれるとおり、はたして、非常に面白く読ませてくれる。本作では登場人物が個性的で奇抜。EDの議員、鬱病のヤクザ、元ヒモのボランティア、合意の上での契約痴漢・・・。それでいて、彼らをめぐるふとした思いが、仕草が、こちらの感情のひだに入り込んでくる。彼らが浮世離れしている、というのではなく、世間一般的に「変だ」と思われている人が変なのではなく、「あの人、変だ」といわれないように必死にとりつくろって生きているフツー(を演じている)な人の方が余程、病んでいるのだとさえ思えてくる。

絲山作品の一番、好きなあなたに書いてもらいたい、と指名されて文庫版書評を書くことになった書店員による書評も見事。ただ、「男も女もフラットに書ける小説家」というのは、男の側からすると「それはどうかなあ」と思う。著者の、女の側に都合のいいように男が描かれ過ぎている点がどうしてもあるように思う。

星を見上げながら、ああ、またやってしまうのだな・・・。私は誰とでもしてしまうのだ、・・・。セックスはパンをトーストするのと同じくらい単純なことで、理由も名前もない・・・

そんな女も多くないだろう、と思うのだが、書店員もこの部分が一番、好きというくらいだから、そう言ってみたいのが多くの女の願望なのかなあ。小説という場(だからできる)でさらりと言ってのけられるところが支持されるのだろうか。

『沖を待つ』が書店で見あたらなくて、著者の他の本を見ていると『スモール・トーク』という6台の車をめぐる短編小説があった。本作もそうだが、頻繁に車が登場して、しかもそれがたいてい輸入車だったり、で、著者のクルマ好きの徹底していることが分かる。大体が馬も車も好き、であるくらいだから、ウマやクルマと同じように、オトコの調教も手慣れていそうである。「この女は手強いぞ」と思わずにいられない。

本作にも、大学時代の同期が登場人物として出てくるが、同学年の僕も読んでいて、笑うに笑えぬ痛いところを幾度か突かれる。EDの議員は「三十五にもなって童貞」で、「まだ文学とか言ってる。どこまで妄想なんだか判らない」地方の県庁をやめた、(ウジュジュ)と話の最後に笑う通称バッハ(でも乗ってる車はランチア)には、「風俗ねえ、今更そんな年でもあるまいし、と思ったが、三十五というのは男達がその衰えを意識して焦り始める年なのかもしれない」と、妙に親身で的確な同情を示してくれる。

解説で書店員が男達の品評をしているのに対し、女性の登場人物の方は選択肢が少ないのだが、中では理香が光って印象的。「大学の友だちで今でもつきあってる奴はいない」「一年も精神病院で過ごせば友だちなんかごっそりいなくなる」という優子が、唯一、説教されていた、忘れられない理香の諌言。でも、いてほしい奴ほどいなくなるもので、理香はもう26歳から年をとらない。

一読では個性的なところが目立って嫌みに思えるかもしれないけれど、「銭湯でおばちゃんがばあさんの背中を流している風景を見たとき、ああ、この街に来てよかった」と蒲田を思うように、根底には著者の日常の視線の優しさがある。短くリズムよく読みやすく、で、繰り返し読んで面白味が一層、分かる作品。

満足度:★★★★

私はその言葉をかみしめた。社会性を縦軸として魅力を横軸にとったらどうなるだろう。私は自分の、EDの議員の、鬱病のヤクザの、元ヒモのボランティアの座標分布を思った。

たまたまそういう話が判るのが痴漢だというのが不思議な気がした。彼はただ下劣な座標であれば良かったのに、私の考えを理解する珍しい人になってきている。関係のない遠い星を結んで出来た星座を思い浮かべた。

B面はストレートに

同分量で併録されているのが『第七障害』。こちらは標題作に対してうんと素直でストレートな作品。文学として世間に認められるには、どこかに新しさがないといけない。以前、誰かが書いたような、まあどこにもある作品では、内容がよくても職業作家としては生きてゆけない。『イッツ・オンリー・トーク』にはそれらがあるのだろうけれど、ブンガクセイとか小説的価値とかを抜きにして、単純に素直に読んで心が洗われるのは間違いなく、こちらの『第七障害』の方。じわっ、と心を暖かくしてくれて、幸せに泣かせる。おそらく多くの人がこちらを支持するのではないだろうか。

A面は個性や独創性を前面に出さないといけないけれど、その制約のないB面は地味だけど、ものすごく普通なところが安心できて嬉しくて、むしろこっちの方が好き、なケースが多い、といった感じ。

満足度:★★★★

「名前なんかつけなくていいの。物事に名前をつけるから全ての間違いがはじまるんです」

予備校の生徒に品詞の間違いを正すように順子は言った。

「俺は嬉しくて名前が欲しいんだ」

「嬉しくても間違いは間違いです」


 

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