ただマイヨ・ジョーヌのためでなく

ランス・アームストロング/安次嶺佳子訳(2008年刊講談社文庫)

2010/05/02読了、2010/05/02メモ

人間としての自己を問い

2000年刊行のベストセラー。一人で現地入りした台北デフリンピックへの道中、また滞在中の友として、できればモチベーションを喚起させてくれるような本を・・・と探したTSUTAYA関西空港店にて、文庫刊行後一年、なお平積みにされていたのが目に止まって購入。

若くして自転車競技のトップに登り詰めてゆく最中、一転、25歳で睾丸癌に冒される悲境を味わった、だが苦しい闘病生活を乗り越えて自転車レース最高峰のツール・ド・フランスで復活の優勝を遂げた──という壮絶な人生の描かれているらしいストーリーのことは知っていた。十年前の刊行当初から新聞各紙での書評に多く取り上げられていたから、いやおうなく目に入ってきた。

僕自身、旅行の手段としてのツーリングという意味での自転車には共感があるが(18歳の夏休み )、競技としての自転車には全く関心がなかった、素人目に解釈しても日本は「ケイリン」が発達する素地はあっても、山や町や・・・を猛スピードで駆け抜ける環境にない道路事情のせいが大きいだろう、それでも本書を読んでみると素晴らしい内容だったし、デフリンピックに功を成したかどうか以上に、書物の想い出として一番の、旅であり移動であり、にふさわしく、デフリンピックのまたひとつのいい想い出となってくれた。

その後、何度か読みつなぎながらも読了せず、最後の2章を残していたままとなったが、無事にこのGWにフィニッシュ。決して面白くないから放って置いた、というのでなく、むしろ逆説的に、何度ものブランクを置いて読み継ぐことでも充分に面白さを維持できた本であり、そんな対象の本も滅多にないものだ。

自転車の話じゃない

日本同様(?)ランスがツール・ド・フランスで優勝するまで自転車競技には見向きもされなかったアメリカという国にあって、彼らの好きな困難を克服しての成功物語であり、ヨーロッパではサッカーの次に人気があるという自転車競技を描いたところからも欧米でベストセラーになるのは当然、そうしたことに接点のなさそうな日本でさえ多くの読者を獲得して売れただけの要素はふんだんにある。

ランスの劇的でドラマチックな人生、自転車競技の面白さ、奥深さ、癌との闘いを通して問われる自分の人生への向き合い方、恋人との出会い、家族を持つこと、周囲の人々、仲間に支えられていきてゆくこと・・・が本人の手によってあますことなく綴られている。

17歳の母の子として実父を知らず、また、知ろうとしないまま苦労して少年期を過ごした後、18歳で家を出たランスの、一体、どこで勉強したのだろう、といっては失礼だが、本人の手による文庫本にして400頁超のこの自伝の、(翻訳という段階は経ているにせよ)何と表現豊かな世界として繰り広げられていることか、事実としての内容以上の叙情性や心理描写の巧さに目を見張るものがある。

ヨーロッパを転戦している内に各地の言葉を覚えていった、語学の才があったようだとランス自身が述べているとおり、一流の選手が往々にしてそうであるように、自分をみつめる力、言葉を通して自分を定義づけて問うてゆく能力の高さの傑出していることが、競技選手のトップにさせたことも本書の魅力的なことも同時にうなずかせる。

原題は "It's Not About the Bike" (自転車の話じゃない)。邦訳のタイトルはランスの業績の知られない日本での苦心の結果だろうし(=「マイヨ・ジョーヌ」とはツール・ド・フランスの各ステージで、それまでの総合タイムがもっとも速い選手の着る栄光のシャツ)、それもまたまるで「ライ麦──」のように原題以上の名コピーになっているけれど、本書の主題はまさに自転車以上に全身全霊を賭けて癌と闘った、人生の意味を考えたことの方にあり、ランスもそのことを繰り返している。自転車は別の何にでも置き換え得て万人に通じる内容だ。

本当の話、ツール・ド・フランスでの優勝と癌のどちらを選ぶか、と訊かれたら、僕は癌を選ぶ。奇妙に聞こえるかも知れないが、僕はツール・ド・フランス優勝者といわれるよりは、癌生還者の肩書きの方を選ぶ。それは癌が、人間として、男として、夫として、父親としての僕に、かけがえのないものを与えてくれたからだ。



「あなたはこのタイプの病気にかかることを、運命づけられていたのだと思いますよ」


「一つには、きっとあなたがそれを克服することができるから。もう一つは、あなたの人間としての可能性は、ただの自転車選手でいるよりはもっと大きいものだから」

満足度:★★★★★


 

  Related Entries


Message

メールアドレスが公開されることはありません。