人はなぜ認められたいのか エヴァンゲリオンとfacebook人気の理由

石川 准(旬報社)

2015/01/24読了、2015/01/31メモ

存在証明をめぐって追い込まれる場所、それがマイノリティ

別の本を読んでいて紹介されていたので図書館で借りてみた。

アイデンティティ論というと少々、古いというか、正面きって語るのもどうかという忌避しがちなところはあるが、マズローのいう承認の欲求を出すまでもなく、当然に人間にある問いであり、テーマであり。

作者は障害学界で有名な全盲の方。本書は障害者をはじめとしたマイノリティを語ったものではない、とあとがきで語られているものの、障害者ゆえの動機はやはり強いはず。

ただ、もちろん、テーマ自体はマイノリティ・マジョリティを問わないことで、作者によると「新世紀エヴァンゲリオン」が20~30代の若者にヒットしたのもアイデンティティ、存在証明を全面に掲げて積み重ねたストーリーゆえだったのだという。(僕自身はアニメに不案内でよく知らないが、全盲の方がどうやって情報(音声のみでない)を得られるのだろう。)

昨今でいえばブログやSNSがまさに然り。「いいね!」の数が存在証明のクォリティとして熾烈に競われるのも、人が他人に認められたいから。

面白かったのは、ろう文化を持ち出した後で、対して盲人(の文化)は輝きや迫力に欠ける、と述べられれていること。

あからさまには述べていないが、いわんとすることは僕も強く理解できる。それだけ「ろう」はその障害の特性上、強くなりがちであり、彼(彼女)の性格がそうなのではなく、やはり、障害がそうさせてしまう、そういう障害なのだということ。

存在証明していくことから完全に降りてしまうことはできなくて、せいぜい「降りたふり」をすることだけ。ふりも一つの戦略。


 

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