名画で読み解く ハプスブルク家12の物語

中野京子(2008年刊 光文社新書)

2008/08/16読了、2009/04/12メモ

650年にわたる血みどろの王朝劇

2008年刊光文社新書

チロル行き出発前の成田空港改造社書店で購入。ちょうど奥付の第1刷発行日が出発日前日の出版されたばかりというタイミングの良さであった。

本書は、物語性豊かであまたある「ハプスブルク家」関連本に連なる新たな切り口として、帝国史を彩った代表的人物の肖像画・名画に題材を見出している。歴史の解説として人物伝による構成は珍しくないが、名画の解説、鑑賞にからませたユニークな試みが成功している。

また、著者のあえて宣言していないもう一つの試みは、時に非常にくだけた筆致で、歴史上の偉人とて容赦なくそのコミカルな点を暴いて読者を飽きさせないこと。このおかげで「世界史と絵画」という、一見、敷居の高そうな内容がフランクに読める内容となっている。

640年の長きにわたる帝国史が、一章ごとに次章への手がかり、取っかかりを残す巧みな章の連続で、気付くと、一冊、数時間、フランクフルトに向かう機中で初めて訪れるこの国の概要を掴むことができた。

スイス ── チェコ ── オーストリアと、ここ3年、旅行先の地が中欧に集中していること、特に昨年、チェコ旅行を前にかなり勉強していたこともあって、その関連、続きという意味でも一層、この地域の歴史、世界史に近寄ることのできた喜びが大きい。

写真よりも人物の本質を表す絵画の力

またもちろん、同じ「ハプスブルク家」という事実でも、チェコとオーストリアのそれぞれの立場から見た捉え方、総括の仕方が違うのは当然で、いわゆる歴史の見方一通りでないこと、欧州列国の地理的事情がそうであるように、この地域の一筋縄でゆかない面をあらためて気付かされた。

神聖ローマ帝国、ハプスブルク家といえば昨年のチェコ史と重なるのが当然で、本書で取り上げられる12人中にもカール5世、ルドルフ2世(*)の強烈な個性の2人が取り上げられている。

* 後述

昨年、感じたのと同様、その昔、30年前近く前「世界史」として勉強したいわゆる「用語」「単語」が、断片的知識としてだけ通過した事件が、こうして、その背景や歴史的ドラマの事情を知ることが出来るのは非常に愉快である。

「オーストリア継承戦争」、「オーストリア=ハンガリー二重帝国」といった、その昔、学んだ──というより、試験・受験対策としてだけ覚えていた──事柄を、こうして年をとってから知ること喜びを覚えると、年を取るのも悪くないことだと思い知る。

人間の物語、弱み、裏事情をユニークな切り口で

本書が特に読者の興味を逸らさぬよう意識したせいもあってか、あるいは著者の性格によるサービス精神か、歴事上の偉人であっても、王家皇族であっても、そのご立派な偉業(ばかり)でなく、彼らとて人間であるがゆえの男女の仲、浮気、不能、無能・・・といった公にも教科書にも出て来ない世俗さを余すことなく伝えてくれるせいでもある。

「ハプスブルク家」の純血を守るべく近親婚の繰り返されたこと、それがゆえに王朝末期のナポレオンを迎えるに当たっての低迷ぶりなどが分かりやすく説明されていて面白く、最後まで飽きさせない。

画家は必ずしも狙ったわけではないだろうが、絵には美と豪奢のうちにひそむ深い孤独と暗い予感があり、それがこれを忘れがたい作品にしている。写真誕生後の肖像画が存在意義を失いつつある中、エリザベートといえばだれもが真っ先に写真ではなく本作を思い浮かべるのこそ、絵画の力というものであろう。これを前にしたフランツ・ヨーゼフが、「妃のまことの姿をとらえた作品はこれが初めてだ」と誉めたというのも、何やら人生の皮肉めく。

満足度:★★★★★


ウェルトゥムヌスとしてのルドルフ2世

ルドルフ2世を描いて有名なウェルトゥムヌス等の作品が「奇想の王国 だまし絵展」として渋谷Bunkamuraで6月13日(土)-8月16日(日)まで開催中だとか。



動植物、野菜、果物、魚介・・・で組み立てた顔はパロディーかジョークかのようでいて、めぐる季節を司る植物の神としてのウェルトゥムヌスを皇帝ルドルフ2世に重ねた作者アルチンボルドの真意は

高い教養と知識に裏打ちされた寓意や象徴がちりばめられ、見る者の知的好奇心と眼の喜びを充足させていた

例えばイコノロジー的な、林檎なら知恵、葡萄なら喜び、玉葱なら不死、百合なら清浄・・・といった解釈ができるし、顔のどの部位に何の植物が当てられているのかも解読の楽しみを与えているのだという。

奇想の王国 だまし絵展 | Bunkamura



 

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