同・級・生(上)

恋の勝負は互角で

同級生

同級生
著者:柴門ふみ
価格:730円(税込、送料込)

年上の男に年下の女という(ありがちな)組み合わせでなく、恋は同レベルでぶつかり合うのがいい、ということを確か著者が描きたかったはずだ・・・とネットで探してもそんな紹介はみつけられなかったが、実家から持ち帰ってみたら自分の記憶に間違い無く確かに書いてある。

巻末に「あとがき」として上下巻それぞれに3頁。マンガの単行本に著者のあとがきが入るというのも珍しい、当時はエッセイも出したりこの後に「東京ラブストーリー」の大ヒットもあるなど人気絶頂期にあった著者にとっても、思い入れの強い作品だったはず。

以下、長いがあとがきから引用すると

男と女が互角に渡り合う恋愛ドラマを描いてみたいと思っていた折、スピリッツ編集部から「20代前半の若者のラブストーリーをぜひ。」と話をいただいた。

── どうも近頃の若者は情けない。

── 若い女の子は、年上のオジサンに憧れるし、若い男の子はうんと年下の少女か、年上のお姉さんに走っている。これは勝負から逃げていることではないか。

かねてより、恋愛は、対等の同い年同士のぶつかり合いが一番おもしろいという持論の(実践はさておき)私は、この意見に大きく賛同し、かくて同い年同士(=同級生)のテーマが決定したのです。

テニスも将棋もファミコンも、同じ程度の技の相手とやるのが一番おもしろい。実力伯仲、切磋琢磨して、五勝五敗。これが一番おもしろいのです。最初から相手の手の中、または徹頭徹尾優位にコトのすすむ勝負に何の面白味がありましょう。

傷つけたり、傷つけられたりしながら、手探りで進むことこそが恋愛の醍醐味であります。

男、女、どちらの視点にも片寄らない互角勝負の恋愛ドラマ。これが、私の描きたかったものです。

27年前ものことなのに、ストーリー以上に作者のこの思いのことをよく覚えていたのは、僕自身が当時「そうだよ!!」と強い同調の気持ちを持っていたから。昭和63(1988)年、昭和の最後の年の当時、大学4年。

僕自身が当時、クラスの子と付き合っていたのだが、しかし、そういうケースは多くなく(女子の比率が少なかったこともあるが)、見渡すと、所属していた野球部の同学年マネージャー2人はお互いに一番気安く話せるのだけれど、つきあっていたのは2人ともに1つ上の先輩であり、隣のクラスの人気の子2人もゼミや同窓やのやはり1つ上の先輩と付き合っている、そういえば親友X君の彼女もサークルの1つ下の子だったし・・・といくらでも例が持ち出せるくらいに、特に在学中の頃は2つ(2歳)違うともう全然、世界が違うくらいの距離感があったが、1つ(1歳)違いというのは、男が少し優位で女も安心して付いてゆける、身を任せられるような、確かにベストな安定感だったことは間違いない。

つい昨日(の佳子さまのニュースで)思い出したが、そういえばちょうどこの翌年、紀子さまの在学中の電撃的な婚約ニュースなどもまさにそうで、当時、留年していた自分も周囲の寮仲間らと皆、「1こ上の先輩、しかも皇族じゃ絶対に勝てんよな~!」とここでもやはり同い年の紀子さまを1つ上の「天敵」な先輩に奪われた思いが強くておめでたいという気持ちなどなく、ひたすらに地団駄を踏む思いだった(泣)。

そうした多くの実例が示すとおり、思春期の同い年というのは圧倒的に経験も免疫も足りない男が頼りなく、自然、女の子は余裕のある先輩に憧れる・・・のが定式で、それは自分自身よく分かってはいるが、それにしても、猫も杓子も女の子が1つ上にさらわれてしまって・・・嫌というほどに無力感を知らされる中だっただけに、柴門ふみのこの「恋は対等で」という、現在進行形で連載されていた、まさに直球なタイトルの「同級生」にどれほど勇気付けられたことか(笑)。

下巻に続く。

★★★★★

柴門ふみ(小学館)

2015/09/22 27年振り再読了、2015/09/22メモ



 

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