クライマーズ・ハイ

横山秀夫(2003年刊 文藝春秋)

2004.3.16読了 3.21メモ

男の生きざま

文藝春秋

昭和60年8月12日、日航ジャンボ機が群馬県御巣鷹山に墜落した。本書は、当時、群馬県を地盤とする「北関東新聞」なる地方新聞記者であった主人公の生き様を描いた作品である。

新聞記者という職業を有する男が、世界最大の航空機事故に、どう対面したかというだけではない。様々な糸が絡んでいる。周囲の人間との軋轢があぶりだされている。組織の中では、かつて尊敬の念を抱いていたはずの上司との関係の悪化があり、同期とのいがみあいがある。部下からは容赦なく突き上げられる苦しみもあり、社内で身動きのできない状況が描かれている。また、家庭では、息子と会話のできない、親子という関係を築けない、ふがいない父親としての葛藤がある。

主人公、悠木は四面楚歌、味方のいない状況でもがいている。苦しんでいる。まさに「生き様」という言い方がふさわしい。上司に対し、部下に対し、同僚に対し、常にぎりぎりの選択を迫られるあらゆる局面で、「どう決断を下すのか」「どう生きてゆくべきなのか」と問いつけられる。一刻の猶予もためらいも許されない危機的状況を作り出した未曾有の航空機事故に対処する時間軸の中で、これ以上ないほどの緊迫なシーンの連続となっている。

組織の中で生きるということ

地方新聞社の世界が、事件に直面した記者たちの動きが、実際に「上毛新聞」記者としてこの航空機事故に当たった経緯を有している著者の筆ゆえ、非常なリアリティーをもって迫る。

この作品のフィクションと現実の境界がどこにあるのか、知る術はないが、僕たちが日々、目にしている「新聞」のでき上がるまでのシステムや、その社内の組織について、企業社会の内面を垣間見ることができて面白い。

新聞記者にとって、仕事を通して社内の立場を確実にする勲章は、何よりも「事件」が全てである。そして、そこに妬みや嫉妬が生まれる。乗員524人ほぼ全員が死亡という未曾有の事故にあっても、まず前面にあらわれるのは、組織の中を生きる個々人の打算であり、保身であった。長野・群馬県境に墜落したという第一報を知り、「うちであってほしくない。長野側であることを願った」という思いは、人間の弱さ、ずるさであると分かっていても、それを全否定できない。

この逃げ切れない状況に立たざるを得ないと分かったときから、社内で渦巻いている人間の醜さがはっきりと首をもたげてくる。全身全霊をかけて仕事に取り組む男達のいる一方で、それを冷ややかに眺めている立場の者も少なくないということが描かれている。墜落事故の現場を踏める若手記者への嫉妬から、幹部クラスは中堅記者の記事を握りつぶす。踏みにじる。新たなスター記者の誕生を阻止しようとする。「事件の遺産で飯を食う」というものだが、「経験」が一生、ついてまわるのは、どの職場でも同じだ。「経験」を踏めるかどうかは、実力もさることながら、偶然によるところも大きい。偶然が将来を決めてしまうとさえいえる。

また、新聞社内にも様々な事情のあることが納得できた。新聞社といえば普通、記事を書く現場の記者しか思い浮かばないが、そうではない。通常の一企業、一つの組織として新聞社にも様々な部門がある。記者だけでなく、編集もあれば、販売もある。否応なく花形部署と日陰の部門とに分かれてゆく。そこに妬みが生まれ、軋轢が生じる。地方新聞記者としての立場からは、大手との争いもある。使命感に燃える、というようなきれいごとでは済まない、醜さや冷めた生き方も出てくる。

「転んでも、傷ついても、たとえ敗北を喫しようとも」

この小説で著者が伝えたかったことは、月並みな表現になるが、「逃げずに生きる」ということだ。直面する難事に「敢然と立ち向かう」ということ。この物語のもう一つの主題である、同僚と約束したまま果たせなかった登山の約束を、十七年を経てその息子と今まさに登ろうとしている衝立岩に、自分の人生に「まっすぐに向き合うということ」だ。

「男には乗り越えねばならない山がある」と帯にも記されているように、徹頭徹尾、男性の視点で男性的世界を描いた小説である。登場人物の女性は、家庭を支える妻、お茶汲みの社員、といった具合に素っ気ない。女性読者には面白くない内容でもあろうが、その批判は作者も承知の上だったに違いない。意識的にそうした背景を用意して、熱くたぎる男の情熱を、男臭さを浮かび上がらせようとしている。

──「下りるために登るんさ」友の残した謎の言葉の意味を探った主人公。読む者もまた、考えさせられる言葉である。下りるために登る。そう、必死で登る。下りることができるのは、必死で登った者である。

濃密な、汗のじっとりと滲んでくるような内容だが、最終章が小説らしくきれいに仕上がっていて、爽やかな読後感をもたらしてくれる。

満足度:★★★★★

二つの「墓標の山」が脳裏で交錯し、重なり合っていく。

十七年前の夏が胸に蘇っていた。

未曾有の航空機事故だった。操縦不能に陥って群馬県に迷い込んできたJAL123便。悠木もまた、あの日を境に迷走した。悪ければ悪いなりの人生を甘受し、予測される日々を淡々と生きていけばいいと考えていた。そんな乾いた日常をあの事故が一変させた。大いなるものと対峙した七日間。そのヒリヒリと焼けつくような分刻みの時間の中で、己の何たるかを知り、それゆえに人生の航路を逸れた。

登らねばならない。

安西の心の声にもう一度耳を傾けるために。

そして、自らのこの十七年間が何であったかを知るために。

昭和六十年八月十二日――。

すべてはあの日に始まった。

余禄)日航ジャンボ機墜落事故については、誰もの記憶に残っていることだろう。僕にとっては「18歳の夏休み」中の出来事であった。

  桑田、清原のKKコンビを擁したPL学園が、最後の甲子園となる夏の選手権で優勝した年でもあった。逆転に次ぐ逆転で決勝に進んだ宇部商が、横綱PL学園と最後までがっぷり四つに組んで準優勝を勝ち取った、山口県民を大きく沸かせた夏でもあった。

(追記)本書は、2004年「全国書店員が選んだ いちばん! 売りたい本 本屋大賞」の2位に選ばれた。


 

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