チェンジアップ

豊田泰光(日経新聞連載)

特別表彰

豊田泰光のチェンジアップ人生論

野球評論家の豊田泰光氏が今年の野球殿堂入りを果たされた。競技者表彰として選ばれた門田、高木、山田氏の3人とは別の、特別表彰という形である。「選手としては大したことなかったのかな」と笑わせたと言うが、過去の競技者表彰66人の名前を見ると、事実、氏がこれまで選に漏れていたことが不思議である。何より最強の西鉄黄金時代を支えた野武士集団の1人として、新人王、首位打者、日本シリーズMVP、遊撃手としてベストナイン6度・・・、という燦然たる実績を残しているのだから。

競技者表彰は現実的には毎年、順繰りに選ばれるところがある(来年は権藤、星野氏あたりだろう)から、氏も遅かれ選ばれたろうとは思う。ただ、特別表彰とされたのは、氏の競技者としての活躍は無論、それに匹敵するくらいに引退後の評論家活動がファンに支持され、認められたからである。

※面白いところでは4年前の特別表彰が正岡子規であった。

読むのも好き

スポーツは人によって、「するのも見るのも好き」、あるいは、「するより見るのが好き」などというが、僕は加えて、あるいは案外、見る以上に「読むのが好き」である。それがスポニチであったり、雑誌「Number」であったり、最近ではマラソンランナーを評した書物だったりするのだが、中でも最も好きで楽しみにしているのが、表題の、日経新聞に毎週連載されている氏のコラムである。

政治にしろスポーツにしろ、誰かに語られることで僕らはその詳細を知ることができる。特にスポーツは大衆の一致する趣味としての需要が多いがゆえに毎日、スポーツ新聞、スポーツニュース、ネット、雑誌・・・等々であふれるほどに語られている。俗にいうスポーツライターが代表的な語り部であるが、今ではネット、ブログを通して、一家言持つ素人でも自由に発言できる世の中である。

スポーツライターはごまんといるが

考えてみると語り部は楽な稼業である。ごく一握りの一流スポーツ選手に、ごまんといるスポーツライターがたかる。選手が死にものぐるいで努力し、己の肉体を削って勝負の世界に身を賭すとき、ライターはそれを横で見てあることないこと勝手なことを書いていればいい。選手の現役時代はわずかな間であるのに対し、ライターは選手の賞味期限が切れればさっと次の選手に切り替えれば済む。それも僕らが求めている、ニーズに支えられているからだといってしまえばそれまでだが・・・。

スポーツについて語られた内容、評論を「読むのが殊の外、好き」な僕が氏を何より支持するのは、自身の経験に裏打ちされた強い説得力を持っているからである。この点がありふれたスポーツライターと異なる。例えば、今、この国の代表的なスポーツライターといったら二宮清純氏あたりが挙げられるだろう。以前からTV等にも出演されていたが、最近ではスポーツ番組以外でも見るほどに精力的に活躍されている。僕も氏の著作は多く読んできた。

二宮氏もとりわけ野球好きでプロ野球に関する評論が多いが、ただ、氏が活躍の場を、対象をスポーツ全般に広げるほど、野球一筋の豊田氏との質の差が際立ってきたように思う。十年以上前は好んで読んでいた二宮氏の著作や評論もここ数年は手に取る気がしない。たまにスポニチの記事を読んでも、きれいにまとめられてはいるが訴えてくる重みがない。するりと身体を通り抜けていくような軽さがある。豊田氏と二宮氏、両者のスタンス、スタイルは全く異なるものゆえ、元々、比較には適さないし、決して二宮氏をけなすわけではないのだが、スポーツライターとして第一人者であっても読者を納得させるのは難しい、という例を挙げたかったまでである。

※日経は一般紙に比べると、スポーツ欄の記事が量こそ少ないものの、質は経済、政治記事同様に非常に高い。豊田氏のように、外部者からのコラムも抜きん出ている。その中でとりわけ豊田氏の連載が長いのも、社内でも読者からも支持されているからだろう(この点は、以前、日経のメールマガジンで二宮氏も「選手時代の経験と反体制的な視点がミックスされた切り口は野球コラムの最高峰と言える」と言及されていた)。

サッカー関連の記事では、吉田誠一氏のが抜群で、サッカーに対する深い知識、鋭い着眼点、並々ならぬ意欲が伝わってくる。この人の記事を読むようになって僕は一層、サッカーが面白くなった。ちなみに、決して僕と名前が同じだから支持するわけではなく、例えばサッカー関連のスポーツライターとしてスポニチ他で広く活躍している金子達仁は名字が同じでも全然、支持する気になれない。

文章も一級

話が逸れたが──

豊田氏の場合、野球をこよなく愛し、球界の発展のためという一点にしぼった潔さ、不退転の決意がいい。自身に実績があるからこそ「長嶋や王は・・・、野村は・・・」といった言葉が滑らない。読む者の心にずしんと響く。論評に重みがある。自身の実績をひけらかすことはほとんどない(もっとひけらかしてもいいくらいだ)が、時折、織り込まれる西鉄時代のエピソードはゾクゾクするくらいに興味深い。

また、内容もさることながら、文章自体も華麗で素晴らしい。失礼ながら、最初、僕は「元プロ野球選手で、どうしてこんなにうまいのか」と素直に信じられないところがあった。新聞記者の校正でも入るのかとさえ思っていた。けれども、コラムを続けて読んでいると、その他のメディアの論評を広く知るようになると、氏が人一倍、読書をされていることが分かるようになってきた。氏の現役時代の当時、特に西鉄選手の遠征は球界一の距離を要するものであったが、氏は夜行列車の中でも本を離さなかったという。遊撃手としてベストナイン6度、すなわち、野手として最もセンスある選手だったと認められたのも、読書で培われた精神面での支えも大きかったに違いない。また、当然ながら選手時代同様に、評論家としても人一倍の文章修行をされてきたのだろう。

以前のコラムで、先輩選手の座右の銘に感心した例を述べていた。「さすがは大卒、いい言葉を思い付くものだ」と感じたが、後に、書物からの引用だということが分かって失望したという。引用をさも自分の言葉のように扱うずるさが許せない真面目さを持っていることと、高卒も大卒もないことを教えてくれる。

受賞翌日のスポニチによると、丸谷才一、井上ひさし、赤瀬川隼、平出孝ら作家、詩人などの文壇にも"豊田信者"が多いという。丸谷、井上といえば、言うまでもなく現代文芸の、また、日本語学の権威であるし、平出氏も当世切っての詩人である。それら、何より言葉に鋭敏な文筆家がファンといえば、僕の百万言の無駄な言葉よりも理解してもらえよう。僕もますます氏への敬愛が深まった。

人生論にも通じる哲学的評論

プロ野球選手の引退後の身の振り方は様々である。選手にとって現役時代は束の間で、引退後の人生の方がはるかに長い。氏はこのことについてもコラムでよく触れている。TV等の野球解説者になれるのはわずかであるし、監督、コーチ等で球団に残る道も容易ではない。これは職業人、一般の会社員にもいえることだろうが、引退後の方がその人の人間性、人生を強く決定付ける。一線を退いて後、誰に世話されるでもなく自ら道を切り開いてゆけるかどうか。これも結局は本人の努力次第で、この点でも氏は一流である。バットをペンに持ち替えての鮮やかな転身は誰にでもできるものではなかろう。「巨人」というブランドで安易にタレント化し、過去の、現役時代の活躍を幻滅させるような、子供らの夢を失わせるような選手の多いのを見ると余計に、氏の野球に対する一徹な姿勢が際立つ。昨今、ブームになっている「武士道」を、西鉄時代から野武士として、地で行く、体現している人である。

氏の評論は「毒舌」「辛口」と評されることが多い。けれども、僕からすれば、「毒舌」でも「辛口」でもない。至極、真っ当なことを述べているに過ぎないと思う。ただ、現役選手との関係を悪化させるわけにゆかないスポーツライターでは思い切ったことを書けない、選手への厳しく批判的な内容が書きにくく、どうしても持ち上げる内容になってしまいがちである。そうした、選手と持ちつ持たれつ、甘えによって成り立っている関係では書けない制約が豊田氏の姿勢にはないからである。

野球選手として、スポーツ選手として、後輩達を叱咤する言葉の中には技術論を超えて人生論にも通じることが多い。氏の年齢的な深みゆえもあるだろうか。人生を賭しても一握りの者しか栄光の座をつかめないプロの世界を生きようとする姿勢の教えは、そのまま人生の哲学といっていいものが説かれている。時にそうした記事に出会うとき、僕も切り抜いて、何度も読み返している。それらも全て、氏の真っ直ぐで強い姿勢、人一倍の努力に裏打ちされた説得力をもって発せられた言葉だからである。

「チェンジアップ」というタイトルよりも限りなく真っ直ぐで、直言直球とでも呼ぶのがふさわしい。スポーツコラムとして最高のものと信じている氏の論筆を今後も楽しみにしたい。

満足度:★★★★★


78年にライオンズが西武に買収されたとき、黒い霧事件の印象を一掃したい球団は公式ガイドに西鉄時代の記録を載せず、縁を切った。あの一件が、我らの足跡を残そうという気持ちを強くさせた。

・・・

発表の日、ベースボール・マガジンの名コラムニスト、田村大五さんに「唇を閉じた豊田は魅力がない。殿堂入りに負けずに頑張れ」と気合いを入れられた。殿堂入りに負けず、か。評論家としての席はスタンドの片隅。何を語るにもその定位置から動くまいと肝に銘じた。

追記(2006-08-13)
日経新聞・春秋(2006/08/13) に殿堂入りを祝う会


 

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