七十歳の出発

高橋睦郎(2008年5月4日付け日経新聞文化面)

2008/05/06読了、2008/05/07メモ

表現とはつまるところ生きること

高橋睦郎詩集 (現代詩文庫 第 1期19)
高橋睦郎詩集

週末の日経新聞は特に読み応えのあるもので、その中でも日曜の最終面文化欄は平日のそれとはゲストの器が違い、ひときわ格調高いものとなっている。

先々週の丸山健二氏のが素晴らしかったのに続き、4日の高橋睦郎氏も良かった。以下、自分のために書き残し。

詩人たる氏が4月から大阪芸術大学文芸学科で小説家志望の学生らに向けて授業を担当するようになったというもの。


小説を含む散文と詩歌の違いを一言で定義するのは難しいが、散文の根幹をなす文章のエッセンスが詩歌だ、ということもできるのではないか。そのことを認識していたから、森鴎外や夏目漱石、樋口一葉や島崎藤村をはじめ、近現代史文芸史上重要な小説家たちは、ほとんど例外なく、出発以来詩歌を試みるか、試みないまでも持続して関心を払ってきたのではないか。

さらにもう一つ、日本語で古来「うたをよむ」という場合の「よむ」は「読む」と同時に「詠む」だった。文芸の中心をなす詩歌において、読解と創作は一つだった。本質的には散文も同じで、先人のよい作品を読まなければあらたによい作品は書けないはずだ。この前提の上に先人の詩歌の富を自分のものにし、未来の小説を含む散文世界を富ませてもらいたい。

詩人だけに静謐な中にも的確に心を打つ文章。

学生諸君が将来みんな小説家にならなくてもよい。表現とはつまるところ生きることなのだから、それぞれの人生を活性化してくれればいい。

然り。小説家レベルではなくとも、人生が豊かなものになるようにと思う。ブログはそのいい手段。

書くことで自分を勁くできたら/音のない世界で

学生諸君が表現者を志しているのと等しく、私自身も表現者を志している。・・・自分の意識の上ではいまなお習作時代。・・・いつの日か、これこそ自分の創作と自信をもって示すことのできる作品を目指している点では、私も学生と同じスタート・ラインに立っている。

いいねえ、七十歳でスタートライン。百歳まで読みかつ書き続けたいとして、それに耐える健康の維持のために食事、運動、休息に留意し、

自動車、テレヴィジョン、携帯電話は持たない。

まさしく! 趣味の車2台を維持するのに苦労し、テレビで想像力を失い、携帯やネットで集中力を失っている我が日々・・・。いつの日か下俗を脱したい。

満足度:★★★★


 

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